龍アソ未完(大逆裁)

「よし、閉めるぞ」
夜更けの頃、今日もこうして洋箪笥に収まった友にそう問いかける。成歩堂は小さく頷き、少々気の落ちた声で「おやすみ」とオレに返した。毎夜この瞬間、成歩堂は不安げな表情でオレを見上げる。確実に居心地が良いとは言えないだろう場所に閉じ込められる訳だからその表情も致し方ないだろう、と考えつつやはり不自由を強いて申し訳ないという気持ちは大きかった。
「済まない、成歩堂。辛抱してもらうしかないのが歯痒いところだ」
言うと、成歩堂は面食らったような顔を見せる。そのまま視線を泳がせつつ、いや、と上擦った声をあげた。
「いいんだ、そんな。ここはおまえの部屋なんだし……、ああでも、ヒトツだけ、その……」
「? どうした」
訊くと、言いづらそうに言葉を迷わせる。すがるような瞳がオレを遠慮がちに捉えていた。何か思うところがあるのだろうが、どうやら切り出しにくい事柄のようだ。
「不都合があるなら言ってくれ。出来る限りの事はする」
「……」
成歩堂はしばらく考え込む素振りを見せると、眉間に皺を寄せ目を閉じた。腕を組み熟考しているようだったが、やがて目を開けオレを見据えると、その重たげな口から言葉を紡ぎ始めた。
「嫌なら断ってくれて全然構わないんだけど」
「ああ」
オレが頷けど尚も言い淀む成歩堂の頬は何故か淡く赤らんでいた。軽く咳払いをする男は、亜双義、とオレの名をそっと呼んだ。
「一度だけでいいんだけど。……抱きしめてもらってもいいだろうか」
少しの間を空けた後、気づけば聞き返してしまっていた。予想外の発言に頭が困惑したのだ。
詳しく聞いたところ、どうやら成歩堂はこの二日程寝付きがあまりに悪いらしい。それというのも二日連続で見た悪夢が原因らしく、今夜もそれを見てしまうのではないかと考えると今から既に不安なのだそうだ。

龍アソ未完(大逆裁)

「ありがとう、亜双義」
そう言って檻の向こうで涙を流す友を網膜に刻み付けるようにじっと見つめていた。格子が邪魔でその傷ついた手を取ってやれないのがあまりにもどかしい。分かっているか成歩堂、キサマ、オレの前で涙を見せたのはこれが初めてだ。
刑務所の前に立っていた看守が門を潜るオレの後ろで吐き捨てるような笑い声を短く漏らした。そいつはオレが成歩堂の弁護を引き受けたことをきっと知っていた。受付の男も案内人も皆、うすら寒い笑みをその顔に貼りつけていた。果てには、ただの罪人によくも其処までの労力を割けるな、という潜んだ声が耳に飛び込んできた。この渦中に友が居るのだ。そう思うと、泥でも噛み砕いている気になる。

龍アソ未完(大逆裁)

何の因果か死んでしまって、またもや何の因果か化けて出てしまった。オレが生前使っていた椅子と机に座り何事かを行っている成歩堂は、化けて出たオレの存在に未だ気づいていない。この男、確かオバケが苦手だとか言っていたな。さてどうすべきか。急に現れると心臓でも止まってしまうのではないだろうか。
「んんっ……」
一段落ついたのか、成歩堂は大きく伸びをして体を逸らす。机に置いてあったシベリアを一口含むと、不意に立ち上がりこちらに振り返った。ああまずいと思うが、こうなれば最早やむを得ぬ。第一ここはもともとオレの部屋だったのだから、隠れるのも筋違いと言うものだ。などと考えている間に成歩堂がオレの存在を認めたのか腰を抜かした。
「なッ……」
わなわなと震える指先がゆっくりとオレを指す。先日の法廷で見たものとはまったく似つかない、情けのないつきつけ方だった。大きく開かれた瞳がオレをじっと凝視している。動揺の大きさ故か『あ』の一文字だけをいつまでも紡ぎ続けている様はさながら肉食動物に対峙してしまった小動物の有り様だった。
「あ、あ、亜双義……?」
「亜双義だ」
「しゃ……」
喋った、と呟く声はさらに震えた。このまま気絶でもするのではないかと思うほどの驚きようだ。

百田と最原未完

「しゅ、しゅ、終一!DVD止めろ!今すぐ止めろぉ!」
僕に抱きついてそう大声をあげる百田くんは目尻に涙を溜めていた。自分より大きい人間に抱きつかれて身動きをとるのは難しい。百田くんのせいでデッキまで歩けないんだよ、と言ったけど聞こえていないようだった。まあそもそも僕が百田くんに「ホラー映画を観よう」だなんて誘ったのが間違いではある。最初はもちろん断られたけど、通りすがりの王馬くんに「うわ百田ちゃんホラーも見れないの!?だっせぇー!」などと野次を飛ばされたことで一気にムキになってしまった結果、この状態になったのだ。
「百田くん、今止めるから……」
「お、おう、でもビビってるわけじゃねーぞ!ただちっと用事を思い出してだな……」
「うん、わかってるから」
と僕が言った次の瞬間、スクリーンいっぱいに血まみれの怨霊が映し出された。文字にするのが難しい悲鳴をあげた百田くんはスクリーンから顔を背け僕の肩に顔を埋める。しがみつく強さはより増してしまった。
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