主喜多(P5)

水が地面を打つ音が身近に聞こえてきた。最初はまばらだったそれは少しずつ間隔を狭めていき、今ではざあざあと騒がしく降りしきる。どこか遠い意識の中でそれを聞いていると、不意にからからと別の音がして、水音はいったん止んだ。ゆっくり瞼を開けると、灰色にくすんだ窓の近くに人影が立っている。
「ああ」
耳に心地の良い、新たな音が頬を撫でた。まだぼやける視界をよく凝らしてみると、その男は彫刻のような指を窓に掛けていた。成る程、雨が降ってきたから窓を閉めてくれたんだろう。妙に不思議な感覚だった。この男が俺を慮って、俺の為に理屈を駆使したのだと思うと、それだけで何故か心臓が小さく丸められるような思いがした。
「おはよう」
くるりとこちらに振り返ろうとする男に、振り向くなという想いと早くこちらを向けという想いが交錯する。斜め後ろから見る喜多川祐介があまりに美しかったのだ。けれど、その真っ直ぐな眼差しは早くこちらに向けて欲しかった。下手な詩みたいだ。この男に会ってから、俺は芸術というものを意識しすぎているのかも知れない。
けれどそれも仕方がなかった。振り返った男の小刻みに揺れる青や、瞬きとともに存在感を放つ睫毛、通った鼻と薄い唇、何よりその魂の気高さを今日もこう正面から見せつけられては、この男の愛するものを肯定する他はなくなってしまう。
「……おはよう」
祈るようにそう返した。この男の感性の五指になりたい。そんな、途方もない事すら考えてしまった。

ベルニコ未完(TOB)

「ねえベルベット。あんたお嫁に行く予定ないの?」
「見てのとおりよ。ニコはないの?いい雰囲気になってる人、いるじゃない」
「んー、なんかさあ。もうちょっと遊んでたい気もするっていうか」
「うわ、リアルな愚痴だ」
「今はあんたがいるからいいかな?みたいな」
「あたしとは結婚できないわよ」
「ねー。残念」

祠に行かなきゃ、と、漠然と思う。特に用事なんかないはずなのに、どうしてかこの道の向こうがずっと気になっている。しっかりと閉ざされた扉に手を当て、どうしてそう思うのかをじっと考えた。
「あ、ベルベット!」
後ろからニコの声がする。振り返ると、頬をふくらませて眉を上げながら彼女があたしを睨んでいた。せっかくの可愛い顔が台無しだ。
「ダメだよ、向こう行っちゃ!一人そこ通ったら聖寮に叱られるのあたしたち全員なんだからね」
「ああ、ごめんごめん」
扉から手を離してニコに笑いかける。

龍アソ未完(大逆裁)

酒をしこたまかっくらい、もう右も左も正も誤もあやふやになってきた午前壱時、亜双義の部屋。ぼくはただひたすら気持ちが良く体がふわふわと浮かんで、箸が転がるだけで数分は大笑いしていた。脳の細胞がどんどん眠りについていっているような感覚がある。ああ酔っているなあと自覚することはできているのだが、だからと言ってこの異様な楽しさが消えることはなかった。向かいの亜双義のハチマキがたなびいている。面白い。
「成歩堂。キサマ、聞いているのか?オレは至極真面目な話をしているんだぞ」
亜双義は鬼のような剣幕でぼくが持ち込んだダルマさんに話しかけていた。まったく顔に出ていないがコイツも相当酔っている。「キサマは本当にこぢんまりとしているな」っておまえの中でのぼくの寸法はどれだけはちゃめちゃなのだろうか?目の前の光景を肴にまた一杯酒をあおり、美味しいなあと嘆息する。ううん、しかしツマミを初めのほうで平らげてしまったのは確実に失敗だった。酒だけではやはり口が寂しい。亜双義のヤツときたらなかなかの呑み助なのだから、もう少し多く用意しておけばよかったな。
「……おい!キサマ、まったく聞いていないだろう!」
亜双義が怒りを乗せた声でダルマさんを揺さぶる。そっちのぼくもこっちのぼくも亜双義の話をまったく聞いていなかった。ごめん何だっけ、と声をかけると亜双義は不思議そうにぼくのほうに振り返りダルマさんとぼくを見比べる。そして『キサマが本体か』と呟いたあと膝立ちでこちらに向かってきた。
「だから、先刻から何度も言っているようにだ。オレはキサマという男を愛している。先の弁論大会でのキサマの居姿にすっかり心を奪われたというわけだ!よもや男相手にこんな感情を抱くとは、と最初は驚いたものだが、キサマのことを考える時間が日に日に長くなり始め、ついには夜の……」
その後もなんだかべらべら喋っていたが正直二言目ぐらいから先はあんまり聞いていなかった。たぶん雰囲気的にぼくは褒められているのだろう。まったくコイツと来たらいつもそうぼくを過大評価してくれるので、光栄というか恐縮というか、くすぐったい気持ちになってしまうのである。へへ、と頭を掻くと、亜双義がぼくの肩をがしりと掴んだ。
「……つまりだ成歩堂。オレはキサマとまぐわいたい。強いては性交と洒落こみたいのだが構わんな?」


よいどれペッティングが書きたかったらしい
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