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龍アソ未完(大逆裁)

亜双義。亜双義一真。未だ聞こえているだろうか。聞いてくれ、聞こえているのならどうか是非、その鼓膜に打ち響かせてくれ。亜双義、なあ、人間の指の数は何本だったろうか?ぼくは五本と記憶している。親指、人差し指、中指、薬指、そして小指だ。基本的にこの五本が役立つのだ。少なくとも、ぼくはこの五本の指を持って産まれてきた。分かってくれただろうか。では、今のぼくの指の数を一緒に数えてみてはくれないか。いち、にい、さん、し、「成歩堂」
立ち上がりぼくを見下ろす男の顔にはどこから現れたか素性の知れない太陽による逆光で眩しく覆い隠されていた。ハチマキはいつものように赤く緩やかになびいているが、その感情は窺い知れない。……窺い知れない!どんな顔をしているんだ、おまえ、今。その右手に持った刀を伝う血をどんな想いで見つめているというんだ。
「痛いか?済まないな」
穏やかな声が降ってくる。ああ痛いさ。確かに痛い。けれど泣き叫ぶほどではないんだ。だって出したくても声も涙も出やしないし、痛いよりも強い感覚、感情?それがぼくをきつく包み込んでいた。ぼくの指のひとつ。亜双義一真の左手に、握られているもの。自分の左の手を見やる。薬指があったはずの部分から血が流れ、手甲を濡らしている。
「だが、これで婚約成立だ」


あきた…

龍アソ(大逆裁)

ぼくは拳銃を持っている。あのつめたく輝く、絶望にも似た鉄の塊。それを左の手に携えて、かつての親友と対峙している。友の名前は亜双義一真といった。とある理由で帰らぬ人となり、火宅を去った男だった。
この銃、この場所、確実に見覚えがある。どころか、ぼくはこの空間に一度身を置いている。そう、十一月のとある日。ぼくはジョン・H・ワトソンを殺害した罪を着せられ、逮捕された。それを救ってくれた男がこの親友だったのだが、……恩人なのだが、ぼくはいま、この男に銃口を向けている。引き金に人差し指すら掛けている。まるで今からぼくがこの男を殺すかのようだ。まるであの日の冤罪を、本当の罪にするかのようだ。
「成歩堂」
その男はぼくを呼んだ。ものすごく優しいだとか、とはいえ厳しいだとかではない。普段通りに、見かけたから名前を呼んだという感じの声音だった。ああ、生者。正邪?驚くほど亜双義一真に変化はない。けれど、いいか、おまえは死んでいるんだぞ。ぼくのいないところで、しかしぼくの目の前でおまえは命を落としたんだぞ。
「亜双義……」
「どうした、成歩堂」
口元には微笑みすら携えている。どうした、だって?おまえが一番良く知っているだろう。おまえがぼくに銃を握らせているのだろう。亜双義。銃口の中に何が見える?ぼくは分からなかった。いくら覗き込もうと、何も見えはしなかった。おまえなら見えているだろう。……亜双義一真。
「成歩堂」
「亜双義、もういい」
「成歩堂」
「亜双義!」
「成歩堂」
瞬間、ぼくは引き金を引いた、のだと思う。いや、きっと引いたのだ。銃は大げさに揺れたし、ぼくの心はどす黒い何かで埋め尽くされ、やがて弾けた。
意識が彼方へと放られる。赤いハチマキが視界の真ん中でそよいでいる。ゆらゆら揺れるそれは目の前にあって、手を伸ばせば触れられそうだった。誘われるまま手を伸ばす。触れようと指先をピンと張る。けれど、どうしても届かない。もどかしくて、せめて振り向いてもらおうとぼくは男の名前を呼んだ。なあ、………。声は無事に届いたようで、男は小さく体を揺らす。ハチマキのなびく速度が少しだけ早くなる。そのまま男は腰に手をあて、ゆっくりとこちらを振り向いた、その途端。ぼくの意識は場違いにも覚醒してしまった。

真夜中の倫敦の街中は霧に包まれていて、窓の外にいくら目を凝らそうと建物ひとつ見えはしない。冷や汗にまみれた額を乱暴に拭い、渇いた喉に手を添える。眺める部屋の端にある一振りの刀はただ静々と鞘に収まり、そこに存在するのみだった。揺られない体から発せられる違和があまりにも疎ましい。そこに居るのか、亜双義。……居るんだろう。きっとその凛とした双眸を、今も尚、ぼくに向けているんだろう。立てた膝の間に頭を埋め、きつく目を閉じた。


お題「弱い決別」でした
サカナクションのもどかしい日々を聴きながらシコシコ書きました…

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