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主足未完(P4)

「ごらんよ、あの空を。夕焼けによく似ているけど、あの空全体が隕石なんだ。みんな笑っているけど、みんなもうすぐいなくなるんだよ。君はそれでも僕のこと、愛してるだとか言えるのかい?」


足立さんはそう言いながら空を指さしたが、俺は空を一瞥すらしなかった。だって、今はそんなことより横にいる足立さんのことを見つめていたかったから。綺麗ですよと俺が言うと、彼は何か言い返そうとして、けれど口をつぐんでしまった。
菜々子が入院したんです。ああもうそんな時季か、ああもう何回目だって感じですよね。しかも陽介たちはついさっき生田目をテレビに落としました。俺、怖くなって、その場からすぐ逃げ出しちゃったんですよ。そう話す俺の声に、足立さんはただ耳を傾けているだけだった。ねえ足立さん、と俺は彼に問う。これっていったい何回目でしたっけ。覚えてます?


「88回目」


足立さんは抑揚のない声でぽつりとそう言った。88回目。そうなんですか。覚えていたんですね。俺は驚いて、それから悲しくて、次に感動した。

皆兵未完(絶チル)

「僕のこと、ずっと介護してくれよ」


なあ、と猫なで声で兵部は僕にそう絡んでくる。上気した頬とすこし下がった眉、それとだらしなく緩んだ口はなんだかいつもの兵部よりもすこし雰囲気が違った。どうやら僕に甘えているらしい。僕の膝に頭を乗せてこっちを見上げてくる兵部は、首を撫でればごろごろという音でも聞こえてきそうなものだった。深淵に染められた瞳が、ちいさく熱を持っているのがわかる。いつもにやにやといやらしい笑みを浮かべて僕をからかいにくる兵部よりは今のほうがいいかもしれないけれど、これはこれでひどく調子が狂うなあ、と思った。


「なんだよそれ」
「いやあ、年寄り流のプロポーズってやつ?」
「ぷ、プロポーズって…」

 

クルスニク兄弟(TOX2)

ソファで求人誌を読んでいると、風呂上がりの兄さんが髪を拭きながら「就職頑張れよ」と俺の頭を撫でた。そのときの兄さんがあまりに眩しく格好よかったので、物の弾みというかなんというか、俺は兄さんについぽろりと最近自覚した想いを告げてしまった。好きだよ、と。すると兄さんはしばらくきょとんとした顔をして(かわいい)、突然ぼろぼろと涙を流し始めてしまった。眼鏡を外して目尻をゆっくりと拭っている。唐突な事態にもちろん俺はものすごく驚いたが、とりあえず兄の涙は綺麗だった。泣いているところなんて見たのは、今日が初めてだ。兄さんはまだぼろぼろと大粒のそれをこぼしながらも俺に微笑み、何故かまた俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「お前はすごいなあ。こんなにあっさりそんなことを言えるようになるなんて…」


すごいなあ、すごいなあと兄さんは繰り返す。きらきらとした笑顔から読みとれるのは嬉し泣きとか何かそういう部類ではなく、感動のそれのようだった。いや、感動されても困る。いちおうこっちだって告白したあとなのだからずっとどきどきしている。けれどこの兄の反応にはこっちも拍子抜けというかなんか、とにかく気が抜けてしまうわけである。褒められても困るんだけどと不平を言うと、兄さんは悪い悪いと眉を下げた。けれど俺を撫でる手は止めていない。今はちょっとやめてほしいのだがこっちもこっちで嬉しいやら兄さんが可愛いやらで本気で拒めずにいた。二人そろって上等なバカだと思う。
なかなか止まらない涙を拭いながら、兄さんは俺の好きなところを言ってくれないかとこっぱずかしいことを頼んできた。仕方がない、俺がどれだけ兄さんのことが好きか見せてやろう。そう思考し口を開く。

「まず、厳しかったりもするけどほんとはやっぱり優しいとこ」
「俺は優しくなんてないさ。昨日も俺を慕ってくれていた部下二人を容赦なくクビにした」
「…えー、かっこいいとこ」
「よく見てみろ、そんなに格好良くはないぞ」
「……け、結構抜けててかわいいとこ」
「それは良いところってより悪いところなんじゃないか?」
「…あのさ、言ったそばから否定していくのやめてくれないかな」


なんてテンションを盛り下げてくる合いの手なのだろうか。愛の告白も急いでドブ行きだよ。兄さんは、いやあ、しかしそうは言ってもな、となぜか照れたように頭を掻く。そして俺の瞳をじっと見据えて、なんだかすこし悲しそうな顔をした。どきりと心臓が脈打つ。


「お前にはもっといい子がたくさんいるから、俺なんかの前で立ち止まってちゃあだめなんだよ」


だから諦める手伝いをさせてくれ、と、最後に兄さんはまた俺の頭を撫でた。俺は、ああそう、諦めなきゃならないの、と兄の下がる眉を見て漠然と思い、その次に兄さんってばかだなと強く思った。もちろん釈然となどするわけがないが、前途多難で難攻不落だということもひしひしと伝わってくる。毎日俺の寝顔をこっそりと見に来ては唇にキスをしていく兄に、兄さんほんとにそれでいいんだなと投げかけると、兄はもちろんだと言いながらにっこり笑った。…かわいいと思った。

皆兵(絶チル)

自室の机やパソコンが目の前から消え去ったのは、ほんの1秒ほど前の話だった。パソコン越しに向かい合っていた壁さえ、見えなくなる。その壁の代わりに僕の目に映ったのは、満天の星が散りばめられた夜空だった。もしかしてこれは夢か?だなんていう現実逃避をしそうになるが、エスパー能力に耐性のある僕にはそんなことを思う暇すら与えられない。葵、それか管理官?いや敵エスパーの可能性も――


「正解!」


ぐんっと体が上にあげられる。うわっと声になっているかわからないうめき声をあげ、重力に持ち上げられる体に意識を必死についていかせた。止まった景色の中でぱっと視界に映ったのは、白い髪に代わり映えのしない学生服。確かに、敵エスパーの姿だった。


「兵部!」
「やあ皆本クン。いい夜だね?」


どの口がそう言うか、と叫んだ直後、つままれるように浮いていた体は突然垂直に体勢を立て直される。うわあなんて我ながら間抜けな声を出すと、それを聞いた兵部はいつものようにけらけらと笑ってみせた。相変わらず、腹の立つ奴だ。僕はその非難の感情を隠すことなく思想と視線に込めてじっと兵部を睨む。奴はそれを受けてもむしろより愉快そうににやつくのみで、なんとも見下されている気がしてならないのだった。というか、用件を早く言えよこの馬鹿。僕だってさっきまで仕事中だったんだし、理由なくお前に構っている暇なんてありやしないんだぞ。


「薄情だな、皆本クン」
「…勝手に思考を読むな」
「僕だってまさかただ嫌がらせをするためだけに君を呼ぶはずないだろ?ちゃんとれっきとした、いや、むしろ君にしか頼めないほどの緊急で非常事態な用のために君を呼んだんだよ」
「信じられないんだが」
「…それは」


僕がエスパーだから?と、兵部は言った。ざあっと風が吹き荒れて、兵部の髪がその顔を闇に覆い隠す。たった一言で、今までのどこか陽気な空気が、いっきに覆されたようだった。呼吸もどこか息苦しくなる。もう一度吹いた風によって露わになった兵部のその瞳は、どこか前に見た違和をはらんでいた。極悪組織のボス、指名手配犯には似つかわしくない表情だ。おそろしく儚く、それでいて暴力的な訴えの具現化。しかし手に取るのは僕の自由だと、奴は選択させる。僕は兵部のあの表情がとても苦手だった。だって兵部は、あれでノーマルとエスパーの間に、目に見える線を引いている。それがたとえ奴の思考のみの線引きだとしても、やはり僕には抵抗感が生まれた。すべて否定されているような、そんな気さえしてしまう。だから僕は、ああ、と折れてしまうのだ。我ながら、情けないことは重々承知だが。


「なんだよ、いったい」
「うん、皆本クン。僕は今」
「…ああ」
「暇なんだ」
「…は?」


ほら、非常事態だろ。そう言って兵部は意味もなくくるりと回ってみせる。くるくると踊るように回転を続ける兵部の顔面に、僕は今にも拳を入れたくて仕方がなかった。こいつは僕の神経を逆撫でするのが本当にうまい。あまりの怒りにうち震えていると、兵部はそれとは違う意味で肩を震わせていた。爆笑である。


「いやいや、透視まなくてもわかるよ。そんな理由で呼ぶなよって言いたいんだろ?でも皆本クン、考えてもみてくれよ。僕が暇すぎて世界をめちゃくちゃにしたらどうするんだ?それか薫たちを本格的にパンドラに加入させちゃったらかなりヤバいだろ?君の今の理想のロリコン生活に影が差しちまうんだぜ」
「お前本当人を怒らせるの上手いな!?」
「…おっと手が滑った」


ぐんっとまた体が上に持ち上げられる。はっ、と叫び声かなんなんだかよくわからない声を僕があげるとともに、体は突如真下のビル群に向けて急降下した。強力な重力が身に降りかかって、もはや呼吸すら難しい状態で僕は目を閉じることもできずビルに突っ込んでいく。うわああといういつの間にか口から漏れていた間抜けな叫びは後から体についてきた。いよいよビルに激突するというところで、急に弾丸のようだった我が身が急ブレーキをかける。そして、あと数cmというところでぴたりと体が止まった。はあはあといつの間にか荒くなっていた息をごくりと呑む。遅れて冷や汗は吹き出すし、心臓の異常な鼓動の早さはなかなかおさまらない。深呼吸をして無理矢理気を落ち着かせようとしている間、僕の我ながら今にも死にそうな呼吸と兵部のバカにでかい笑い声がこの異空間を支配していた。


「あーもうダメだ!腹痛い!」
「僕は胃が痛いがな!」
「まあそう怒るなよ」
「これで怒らないやつがいるか普通!」


僕が渾身の力で怒鳴ると、兵部はまだこみ上げるらしい笑いに身を任せながら「いい暇つぶしになった」なんてつぶやいている。なんてやつと知り合ってしまったんだろうかと、僕は心から自分の状況を哀れんだ。残念ながら夜はまだまだ長いし、こいつもまだ僕をいじるのに飽きそうにない。


「お前といると寿命が10年は縮みそうだよ」
「ほう、あと80年ぐらい縮めてやってもいいぜ?」
「80年縮められたら僕もうすぐ死ぬよな!?」

皆兵(絶チル)

悲しみの渦にいる奴を見るのはやはり気持ちのいいものだったが、今回ばかりはひどく不愉快が募った。薫、とそいつは情けない声を出してかつて愛した女性の変わり果てた姿にすがりついている。僕の愛する女王がこんな姿になってしまっているというこの光景ももちろんひどく耐え難いものであったが、皆本の見るに耐えない狼狽はその悲痛な死の香りに劣れども勝りかけるものだった。ああ、なんて醜くて愚かで汚らわしいのだろう。そんな涙と鼻水まみれの手で僕たちの亡き女王に触れようとするだなんて、正気の沙汰とは思えない。皆本は薄汚れたコートを地面に引きずって、美しい遺体に覆い被さり低い嗚咽を漏らし続ける。コンクリートに無造作に転がるブラスターはもうなんの役目も背負っていない。皆本、と僕はすっかり光をなくした奴に声をかけてみたが、もちろん聞こえるはずはなかった。はずなのだが、皆本はまるで僕に答えるかのようにぼそぼそと誰に向けたわけでもないらしい言葉を垂れ流し始めた。僕が薫を殺したんだ、何よりも大切なあの子の心臓をこの手で止めてしまったんだ。ぶつぶつと、僕を煽っているのかと疑うほどの不快極まりない言葉たちが鼓膜を通り過ぎていく。あの子、だなんてここまで来てまだ宣っているから、こいつはこの予知をくい止めることができなかった。そんなことすらわかっていないらしいこいつに対する苛立ちは底なしに募る。皆本はその後も様々な自らへの呪詛をつぶやいて、けれどすこし、小さな違和を含み始めた。


「けど、これでお前は僕のものだ」


その一言をはっきりと口にした瞬間に、皆本の瞳は完全なる虚無をはらんだ。どす黒い静寂と、狂気さえ共存した感情の誕生。言ってしまえばこの皆本は僕が今まで見てきたこいつの中でもずば抜けて人間らしかった。エスパーだとかノーマルだとかを越えて。それが僕には決定打のように受け入れ難く、いや受け入れるべきではなくて、そして皆本光一という男を忌み嫌うにはじゅうぶんな材料だった。けっきょく奴は最後の最後に、愛する女を独占する欲に勝てない。浅ましく気味の悪い感情に負けて終わるのだ。口先で並べ立てていたきれいごとを自ら灰にする。どうしようもなく腹が立った。女王は僕にとって雲間に差し込んだ光同然で、それがこんな男のちっぽけな独占欲に失われるだなどと、冗談ではない。そして何より不愉快なのが、女王自体がそれを心から望み、受け入れたという事実。そんな状況に陥るまで僕たちの彼女を追い込んだノーマル。やはりノーマルなどに未来なんて任せてはおけない。いつかのあの悲劇が繰り返されて終わるだけなのだ。
僕はもう何度見たかわからないこの予知を見終え、外へと身を向かわせる。肌寒い夜は風を止ませることはない。ノーマルという無力な集団の一人に過ぎないあいつは、いつかエスパーと完全な敵対を為すことだろう。汚い欲を内包しながら、正義を振りかざして戦いつづける。ノーマルとはそんなものだということはこの僕が一番よく理解していた。しかし、なんだか、何かが僕の中をくすぶっている。薫の亡骸にすがりつくあいつを見るとき毎回のように抱く感情、それはまるで絶望のような、失望のような感情なのだ。絶望も失望も僕が抱く価値なんてあいつにはないのに。あいつはしょせん、隊長と同じだ。僕はそれをずっと認識してきたはずで、だからこんなことを感じる必要はない。はずなのに、僕はいったい何を考えているのか。あのバカメガネ、とつぶやいた悪口は宙に消えてゆく。いつの間にか体はすっかり冷えきってしまっていた。全部、皆本のせいだ。

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