ソファで求人誌を読んでいると、風呂上がりの兄さんが髪を拭きながら「就職頑張れよ」と俺の頭を撫でた。そのときの兄さんがあまりに眩しく格好よかったので、物の弾みというかなんというか、俺は兄さんについぽろりと最近自覚した想いを告げてしまった。好きだよ、と。すると兄さんはしばらくきょとんとした顔をして(かわいい)、突然ぼろぼろと涙を流し始めてしまった。眼鏡を外して目尻をゆっくりと拭っている。唐突な事態にもちろん俺はものすごく驚いたが、とりあえず兄の涙は綺麗だった。泣いているところなんて見たのは、今日が初めてだ。兄さんはまだぼろぼろと大粒のそれをこぼしながらも俺に微笑み、何故かまた俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「お前はすごいなあ。こんなにあっさりそんなことを言えるようになるなんて…」


すごいなあ、すごいなあと兄さんは繰り返す。きらきらとした笑顔から読みとれるのは嬉し泣きとか何かそういう部類ではなく、感動のそれのようだった。いや、感動されても困る。いちおうこっちだって告白したあとなのだからずっとどきどきしている。けれどこの兄の反応にはこっちも拍子抜けというかなんか、とにかく気が抜けてしまうわけである。褒められても困るんだけどと不平を言うと、兄さんは悪い悪いと眉を下げた。けれど俺を撫でる手は止めていない。今はちょっとやめてほしいのだがこっちもこっちで嬉しいやら兄さんが可愛いやらで本気で拒めずにいた。二人そろって上等なバカだと思う。
なかなか止まらない涙を拭いながら、兄さんは俺の好きなところを言ってくれないかとこっぱずかしいことを頼んできた。仕方がない、俺がどれだけ兄さんのことが好きか見せてやろう。そう思考し口を開く。

「まず、厳しかったりもするけどほんとはやっぱり優しいとこ」
「俺は優しくなんてないさ。昨日も俺を慕ってくれていた部下二人を容赦なくクビにした」
「…えー、かっこいいとこ」
「よく見てみろ、そんなに格好良くはないぞ」
「……け、結構抜けててかわいいとこ」
「それは良いところってより悪いところなんじゃないか?」
「…あのさ、言ったそばから否定していくのやめてくれないかな」


なんてテンションを盛り下げてくる合いの手なのだろうか。愛の告白も急いでドブ行きだよ。兄さんは、いやあ、しかしそうは言ってもな、となぜか照れたように頭を掻く。そして俺の瞳をじっと見据えて、なんだかすこし悲しそうな顔をした。どきりと心臓が脈打つ。


「お前にはもっといい子がたくさんいるから、俺なんかの前で立ち止まってちゃあだめなんだよ」


だから諦める手伝いをさせてくれ、と、最後に兄さんはまた俺の頭を撫でた。俺は、ああそう、諦めなきゃならないの、と兄の下がる眉を見て漠然と思い、その次に兄さんってばかだなと強く思った。もちろん釈然となどするわけがないが、前途多難で難攻不落だということもひしひしと伝わってくる。毎日俺の寝顔をこっそりと見に来ては唇にキスをしていく兄に、兄さんほんとにそれでいいんだなと投げかけると、兄はもちろんだと言いながらにっこり笑った。…かわいいと思った。