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ユキハル未完(つり球)

「どうしても好きだった。だからもう会えなくてもいいと思ったんだ」

いつだって俺の胸を刺す柔らかくて優しいしろのひかり。忘れたことは一度もなかった。ゆらゆら火照るアスファルトの上で笑う金色の魚の、地上に降りた太陽みたいなあの笑顔。肩に背負われた好きが伸ばす影と、路面を滑るパステルカラーの水滴。かわいくて大切な恋の姿。あの夏はきっとこの先何年経っても美しい現在の原型を留めたままの思い出で、俺のすべてを使って輝き続けるのだろう。ハルのいた夏は、目に痛いくらいの極彩色だった。俺は悲しいくらいに素晴らしい恋を、あの灼熱で知ってしまったのだ。それでも未だ過去に成り得ない思い出は楽しい感情ばかりを記憶してるわけじゃない。苦しくて泣きたくて叫び出したくて死にたかった、生々しい苦痛だってちゃんとこの胸はリピートし続けている。ハルに対して芽生えた恋心は俺にとって劇的な素敵だったけれど、悲劇的な強敵でもあった。だって俺たちにはお互いへの理解も時間も何もかも足りなくて、何より俺は外の世界で見知らぬ他者から二人を異質と見定められたくなかった。俺はずっと怖かったんだ。だからハルが俺たちの箱庭を出て行くとき、実は9割のかなしみの底に1割の安堵が根付いていた。もう会えなくてもいい、会わないほうがいいかもしれないって。俺はしがらみから放たれるだなんて思っていた。

ジュアル未完(TOX)

ジュミラ前提
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僕の脳裏でいつも展開される、きっと僕だけしか知らない小さな三文芝居は今日も微量の曖昧を含んで世界を指し示した。それは僕の脳のスペースを間借りした小さな劇場の上、天井に描かれたひとつの星座。あれは僕の星たち、僕の世界だ。僕はその世界を彼女と呼んだ。空でも海でも大地でもあった彼女はいつだって僕を惑わせ、しかし僕を導き正し信じられないほど美しく笑うのだ。ぴんと張った線を点と点の橋として貫ききらきらと光り輝く世界は僕の瞳の表面をひんやりと撫でつける。ああきっとずっともう大丈夫。彼女というきらめきさえあれば僕はもう迷うことがない、この夜に包まれていたって暗闇に足を掬われることはないんだ。根拠を愛さなくてはならない立場に居座っていた僕はそういう風に理屈の禁忌へと逃げこみ、眩い光に縋った。継ぎ接ぎだらけの想いを持ってただ立ち尽くしているのはきっと楽で仕方なかったんだろうね。だってそこにいさえすれば世界は手を引いてくれた。僕は実に無力で臆病で、いつだってどこか物悲しい男だ。でも確かに彼女を愛していた。不出来な言葉になるけれど、それはほんとうに確かだった。
彼女に依存するような形さえ為していた僕は、ある時とても大きな罪を知った。僕がゆるすか、それとも終わらせてしまうか。選択権はこちらが握っていた。

ジュアル未完(TOX)

「アルヴィン、僕のこと好きでしょう」

ふ、と瞳の奥で魚が泳いだ。不動の茶色がゆらゆらと揺れている。僕にとってこの問いは限りなく確信に近い賭けだった。触れた手の温度、計れない距離、紡ぐ言葉の節々。それら少しずつから検出された淡い違和に、僕は勝手に名前をつけただけ。しかし間違えている気はさらさらしないのだ。アルヴィンは恐らく、いや、きっと僕のことが好きだ。現に彼はいま揺れている。もうこれは、僕にとって肯定と言っても大丈夫なくらいだった。

「そりゃあ、好きだぜ?」

仲間なんだから、と取り繕う彼の声は掠れている。

ユキ夏未完(つり球)

「今日はハルがばあちゃんと一緒にいるって言って聞かなくてさ、ハルだけ病院に泊まることになったんだ。それでいま家にひといなくて、なんかちょっと寂しいなって思って」

だから、って。だからなんだよ。言わなきゃわかんねえぞ。放課後の閑散とした教室内で、俺は恥ずかしがり屋の親友を時間と気持ちを使ってゆっくり促した。言いたいことなんてとうにわかってる、でも手助けするほど甘く接してやるつもりはない。それは向こうも理解しているようで、勇気と恥じらいの間での必死の葛藤をもう長い間続けている。夕日が山の向こうへ沈みかけて、赤が一層濃くなろうともユキの勇気はなかなか恥じらいに勝てずにいた。

ユキ夏(つり球)

子供の頃のあいつを想うたびいつも不安になっていた。だって、大勢に囲まれて笑っている子供のあいつを俺はどうしたって想像できない。公園でたったひとりきりのままブランコを漕ぐあいつしか頭に思い浮かばないのだ。だからそこから今の話をよく考えてみればこれは至極当然の流れでしかないので、仕方がないといえば仕方がない。そりゃあお前、そう思うだろうな、と。少なくとも俺はひどく納得した。こいつはケイトさん以外の家族を失ってしまっているんだから。まったくもって仕方がない。仕方がない話だ。

「俺、子供はいっぱい欲しいな」

頬を掻いてはにかみながらユキは俺にそう言った。ああ、本当、いい夢だな。あったかくてささやかなお前らしい夢だよ。お前にたくさんの家族ができて、もうひとりで泣くことなんかなくなる日がいつか来るといい。絶対にその夢は叶えてほしいと思った。だから、だから俺はこういう、みみっちいことばかり考えている自分を殴りたいのだ。じゃあ俺とは無理だなとかそういう言葉を喉元に引っかけている場合じゃない、そういうことを話してるんじゃないだろうと、わかってはいる。わかってはいながらも今日も俺はこいつに這い寄る孤独を嫌っていて、追い払ってやろうと孤独に向かって必死に釣り竿を振っていた。たぶん死ぬまでやり続けるだろう。お前は大勢に囲まれて笑ってろよ。そのほうがお前には似合ってる。
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