ユキハル未完(つり球)

「死んじゃおっか」

よく考えたら俺は社会からのはずれもの。いちばん愛される予定だった父親と母親にまで捨てられたかわいくもなんともないただ二酸化炭素を吐くだけの人間なんだ。地平線をぴんと張り詰めたまま静止する夜の海が怖い。今ここに飛びこんだら泳げない俺は絶対に死ぬよ。足にばかみたいな重さの鉛をつけて生きているせいで、どうしても海でだって浮けない。でも海は好きだよ。だからこそ海が好きなのかな。

「死ぬのこわい」

すっごくこわいんだよ。ずっと俺の手をにぎりしめていたハルが言った。怖いかな。そう口にして笑いかけるとハルも穏やかに微笑む。

「僕ね、大気圏で燃えかけたときとブラックホールに吸いこまれそうになったときすーっごいこわかった」
「そんなことあったんだ」
「宇宙人、大変。宇宙すっごーい!けどキケーン!」
「そりゃ、危ないよなあ」

なんてったって宇宙なんだから。まだ人間が完全に解明できてない、未知の期待と未知の恐怖が果てもなく広がる場所だもの。いろんなこわさが、そりゃああるよ。そんなところを日常的に遊泳するハルは、もしかしたらすっごく、すごいのかもしれない。

主足未完(P4)

「足立さん起きてください!足立さん!世界が終わったんですよ!」

ついに!と叫ぶクソガキの声が俺の耳をひたひたと犯す。少しだけ開いた目の先はまだぼんやりとまとまらない実体たちを映して、もやに紛れたクソガキの顔が笑っているのか泣いているのかもよくわからなかった。揺さぶられる体はまだけだるいままで、毎朝の虚しさばかり帯びた痛みの一部としていつもどおりそこに存在している。あんまりにも奴がその存在の在処を証明してくるので、やめろという一言をため息代わりに口から漏らせばクソガキはああごめんなさいと申し訳なさげに謝りそれをやめた。だが俺から手は離さない。ゆっくりと目を擦りもやを払ってから、俺は改めて奴の肩越しに世界を見やった。

主足未完(P4)

堂島さんちの彼、あいつって人間のふりをしている。ほんとうはポンコツのマシンなのにね。初めて会ったときの、俺を見ようと視線を動かした奴から派手に鳴り響いた機械音はたぶんこの先も忘れはしない。他のお仲間たちにはバレていないようだけれど、僕から見れば人間としての君はかなり不出来なまがいものだよ。何に対してもぎこちなくて、すべて不気味なくらい完璧すぎる。油をさし忘れているんじゃないかなんていう余計な心配をしてしまうほどにね。どうして彼とさほど関わりもない僕がこんなことに感づいているのかというと、まあ単純な話、僕も彼と同じなのだ。ウィーンガシャンと音を立てて動くロボット。

ユキハル未完(つり球)

「もし僕が死んじゃったらどうする?」

驚いたことがふたつあった。ひとつめは、ハルがそんな仮定論を持ち出してきたこと。もし〜ならなんて、そんなifの話をするようなやつではなかったはずだ、俺の友達は。もし、だなんてことを思い起こす脳がこいつに存在していただなんて考えもしていなかった。だからとても驚く。そしてふたつめは、ハルが死ぬ、ということ。僕が死んじゃったら、とハルは言った。言ったが、俺はその言葉の意味がまるっきり理解できない。だってハルは、俺の友達だろ?友達は友達の前から消えたりしないだろう。そうだ、宇宙人のハルが俺の手元から離れていってしまうのは必然的であるし仕方のないことだと諦めがつく、納得もできる。でも宇宙人とかそういうすべてを全部ひっくるめて今はただの友達である俺の中のハルは、ほぼ、いやきっと、確実に、絶対に、俺の傍から離れていくことなんてないだろう。死ぬ、という離別の仕方なんて念頭にも置けない、論外の話だ。ハルは絶対に死なないのだ。俺の友達でいる限り、死ぬことなんてない。友達とはそういうことなんだ。死ぬだなんていうもしもを話すのはなんとも馬鹿らしい。

「なに心配してんだよ、大丈夫だって」

だっておまえ、死なないじゃん。そう言ってハルの背をさすると、ハルはぴたりと動きを止めて俺をじっと見つめた。深海みたいな目だった。海の深くで死にかけている魚のような瞳がやけに俺の心を曇らせる。

ユキ夏未完(つり球)

なつき、って余裕なく漏らされる吐息に似た囁きは、着実に俺の思考回路をぐちゃぐちゃと混線させていく。触れてくる手はどこまでも炎みたいに熱くて、燃えてしまうんじゃないかなんていうばかな錯覚まで起こし始めた。もうなんだかへんに胸がいっぱいで、いっぱいいっぱいで、うまく言葉を見つけることができない。じっと俺を捕らえて離さない瞳が確かな情を孕んでいることだとか、そのすこし強張った表情が決意していることの意味だとか、いまここには、ユキの家には誰もひとがいないことだとか。そういうものばかりが頭を掠め、なんだか妙に照れくさく、ユキの顔を見るだけでわりと精一杯な自分がひどく格好悪く思えた。ふとユキが何かを言おうとして、しかし戸惑うように口ごもったかと思えばすこし視線を泳がせる。やがてかちりとまた俺の網膜を燃やして、熱に浮かされたまま紡いだ。

「夏樹、いい?」
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