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吹染未完(稲妻11)

左手にがっちりはめられた腕時計を見やっても、電車が来るまでの時刻にはまだまだ到達しそうになかった。まばらに人が存在するホームの人々は皆個々の事情に精一杯で、お互い干渉することはない。塗装が剥がれかけた赤いベンチには、なぜか井戸端会議を始めるおばさんたちや、これからデートにでも行くのだろうか、きらきらという効果音を散りばめたいぐらいにおしゃれをした女の人が携帯の画面に目を落としながら腰かけている。その女の人に負けないぐらいめかしこんでいるボクも、彼女の線上に座る一人だ。前述の浮かれ気分な両者とは打って変わって、物憂げにはぁ、なんてため息をついている。たぶん今のボクは周りにきのこでも生えているように見えるぐらいじめじめとしているんだろう。だって、こんなに寒いホームに30分もいたら、そりゃあ気分も落ちてくるよ。まあボクの自業自得だけれど、それでもやっぱり今日の寒空を恨んでしまうのだ。こんなに懐の狭いボクを見たら、彼はボクを嫌いになっちゃうかなあ。呆れる止まりでいてくれたら嬉しいんだけど、彼がボクをどれくらいの気持ちで好きでいてくれてるのかがわからないから、なんだか不安になってしまう。ああ自分でもわかってるよ、ボクって本当面倒くさい男だ。もっと彼に見合うように男らしくなりたいのに、いつも女々しく考えこんでる。愛想尽かされるのも時間の問題だよね。アツヤ、いつまで経っても女々しい兄ちゃんでごめんね。これじゃあアツヤを安心させられないよね。胸中で呟くと、風に運ばれて聞こえてくる小さい頃の弟の声。兄ちゃんもっとしっかりしろよ、と常にボクを叱咤していたアツヤの言葉が記憶の奥底から掘り出された。そうだ、弱気になってちゃダメだ、自信を持っていかないと!いつまでもうじうじしてたらみっともないし!ばちんと両頬に一発張り手を食らわせれば、すぐさまひりひりと襲ってくる痛覚。冷え切ったほっぺたにこれはかなり効いた、正直すごく痛い。きっと赤くなっているんだろう頬を軽くさすりながら、ちょっと強くやりすぎたなと反省した。ああ、あんまり張り切るとうざったいと思われるかもしれない…。うう、やっぱり帰結するのはポジティブ方面よりネガティブ方面。こんなに悩んでしまうのは自分の元々の性格も起因しているだろうけど、ボクの身を冷やし続けるこの寒空も原因の一端を担ってるんじゃないか、なんて思ってまたもや空にガンを飛ばす男子中学生がホームに約一名。けっきょくボクはまたなんの罪もない寒さを憎んでしまってるわけだ。貧相な思考回路と下手したら広辞苑を超える厚かましさに自分でもため息が漏れ出る。早く迎えにきてよ、特急電車に乗った王子様。ボクそろそろ地面に転がって生まれた摩擦熱で暖をとりそうだよ。桜よりも一足先にボクの頭が春を迎えちゃいそうだ。何より君に会いたくて会いたくて君に焦がれてたせいで、ボクの心はもう丸焦げなんだよ。どす黒くて、醜いんだよ。やっぱり遠距離恋愛なんて、ボクには無謀だったのかなあ。たった1ヶ月離れ離れになっただけでこれなんだもん、先が思いやられるよ。それに比べて君は寂しいなんて一言も告げずに、週3ペースで東京での近況なんかを短く綴ったメールだけ送ってきてくれるよね。

番長と菜々子未完(P4)

「きょうね、近所のおばさんにほめられたよ」

ざあざあと、捻った蛇口から溢れ出る水の音にかき消されてしまいそうな声で、菜々子は唐突にそう切り出した。弱酸性が放つライムもどきの香りが鼻をつく。その液体は菜々子が手に持つスポンジを伝って、彼女の小さな手のひらに匂いをつけた。俯く少女の視線は、見かけだけなら量の少ない皿に目が向いているようだが、その瞳にそれらは映っていない。まだまだ小さくて憂いなんて知り得ないであろう彼女は、今確かに、双眸に憂いを帯びさせていた。下を向くまつげがほんの少し震えているのが気がかりで、とりあえず水音の発信源である蛇口を捻って黙らせる。テレビもつけていない居間はそれだけで静寂を生んだ。流し台に積み上げられた皿からいったん視線を外して、『どんなことで褒められたの?』と静寂をぶち破ってみる。菜々子は数回瞬きを繰り返して、ぽつりと言った。

「おかあさんがいないのに、よくがんばってるね、えらいねって、いわれた」

木枯らしが吹き始めたこの頃は、少し肌寒く感じることがある。少し前までは薄着だった俺と菜々子の服も、今では長袖に変わっていた。この家にはヒーターやこたつがないから、すきま風などがたまに身を震わせる。もしかしたら彼女はそれで少し震えていたのかもしれないと考えていたが、どうやら、いややっぱり、違うようだった。

「なんで、おかあさんがいないとがんばってるの?なんで、おかあさんがいないと、えらいの?」

どんな顔をしたらいいのか。転校ばかりの人生である程度の人との付き合い方や対処法は知ってきたはずなのに、目の前にいる小さな女の子にかける言葉は、どうにも見つからなかった。自分の親はいないようなものだと思ってきたが、健康体できちんと生きているという事実は確かにある。だから、親を亡くしたこの子の気持ちを、正確に捉えることができない。しょせんはそれほどの知識しか得ていないのだ、自分は。でも一つわかっていることは、下手な慰めは刃物になって相手に突き刺さるということ。泣いている人に差しだそうとしたハンカチでその人の首を絞めるような真似は避けたかった。特に、この子のことはどうしても傷つけたくない。まだ少しの時間しか過ごしていないけれど、きっと叔父さんには敵わないけれど、俺はこの子のことを大切に思っていた。守ってやりたいのだ、かわいい妹を。

「おかあさんがいないのがえらいことなら、菜々子、えらくなくていいよ」

主足未完(P4)

「あんたが死ねばよかったのに」

だって。このルートに仲間たちを導いたのは間違いなく君だっていうのにね。菜々子ちゃんを天国に導いたのも、そう間違いなく、君だというのに。責任を押しつけくなるのはわかるよ、よーくわかる。でも、僕はおまえのせいでと言われるほど彼女に手を出しはしなかったし、むしろ忠告さえしてあげた身だよ。足立さんありがとうございますの言葉なら喜んで受け取るけど、あんたが死ねばよかったのにだなんて物騒極まりない八つ当たりを享受できるほど僕は人間ができちゃいないんだ。でも、たった今大事な妹を亡くした少年に冷たく当たるほど性根が腐ってるわけでもない。だからほら、何も言わないでおいてあげるから、今日のところはお互いチャラにしよう。僕はさっきの君の言動すべてを忘れる。だから君は、僕について知っていることすべてを、きれいさっぱり忘れるんだ。

主足未完(P4)

堂島家の畳は寝心地がいい、そんな割とどうでもいいようなことを僕は今知った。顔を横に向ければ視界に入る机の足には、恐らく今より小さい頃の菜々子ちゃんが描いたと見られる落書きが点在している。おとうさん、おかあさん、ななこ、と覚えたての字で絵の横に乱雑に書かれたそれからは家族の暖かさをひしひしと感じ取ることができた。しかしそれに意識を注いでいる場合でもない、残念ながら。素敵な家族愛の証を眺めて微笑むことは、この状況下ではできそうにもなかった。だというのになんとかして現実から目を背けたくなるのは、満面の笑みで僕の上に乗っかってるこいつのせいだと声を大にして言いたい。いやもしかしたら本当に大声を出すべきなんだろうか。だってこの態勢って明らかに、あれじゃないか。僕、襲われる5秒前じゃない。

「足立さん」

苛立つほど端正なお顔に上品な笑みを載せるクソガキは、バカみたいに強い力を駆使して僕の両手から自由を奪っている。

雪千枝未完(P4)

王子様はお姫様を迎えに来るのよ。息を切らして、切羽詰まった顔をして、汗をぼとぼと垂らしながらお姫様のために必死になって走って来てくれるの。それを確認したお姫様は、捕らえられた鳥かごの中から出したこともないような大きな声で叫ぶの。王子様、来てくださったのねって。2つの目に涙を浮かべて、口元をゆるゆる綻ばせて、喜びに満ち溢れた笑顔で王子を呼ぶの。
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