ぼわあ、耳の上に膜が張られたみたいな気色悪い感覚。僕を取り巻く喧騒が一気に自身から遠のいた。乖離したざわめきと地上への固定感はふわふわと空に飛んでいって、大空の中でのびのびと翼を広げているように思える。それに反比例して僕は羽をもぎとられた鳥のようにただ為すすべもなく立ち尽くしている他ない。おい足立ィ、とどこかで堂島さんの声がした。ああなんてタイミング。お願いですから今は話しかけないでくださいよ。なんて主張するのさえ煩わしいと感じさせてくれるこの感覚が本当に殺意が湧くほど憎たらしい。今行きます、となんとか絞り出した声は鼓膜で2、3回バウンドした。立体音響みたいなこれも相当気持ち悪くて大嫌いだ。そのうち聴力を自分自身で独占して、僕の声しか聞き取れなくなったらどうしようか。目だって、鏡に映った自分しか捉えなくなったらどうしようか。あれ、もしかしたらそれはそれで素敵なことなんじゃないか。ふと僕は僕に問いかける。だって面倒事に対して耳を目を塞ぎながら生きていけるんだから。素晴らしいことじゃないかと奥底の俺が返事をした。ああでも綺麗な女は視界に入れたいもんだ。やっぱりこんなものはごめんである。何してんだ足立ィとまた堂島さんからのコールがかかる。耳をつんざくようなそれに膜はぱっと取り払われた。すいませーんと返事をして頭を下げながらすたこらさっさと駆けていく僕の人生は今日も今日とてクソである。