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主足(P4)

「出所したら手紙くださいね」
「んー」
「あ、やっぱり電話がいいです。すぐにあなたの声が聴きたい」
「はぁ」
「あの、ちゃんと聞いてます?」
「うん、聞いてないよー」
「…でしょうね」

こうして無理やり続ける会話が、ただの悪あがきだなんてことはとっくに知っていた。周り一面がすべて鉄で囲まれた部屋は、あまり居心地のいいものではない。二人の空間を遮る仕切りは、それ一つでお互いの人生の歩み方さえ変えてしまっているように思えた。あと10分、定められた面会時間がもどかしい。看守が腕時計に目をやり始めたあたりから、ままならない気持ちはおよそ最大近くまで肥大した。

「俺、あなたが出てくるまで携帯の電話番号変えませんから。絶対変えませんから、だから必ず、かけてきてくださいね」

早口でまくし立てる俺の顔は今、きっと鬼気迫っているんだろう。鏡を見るまでもなくわかる。たった今、また会いましょうという約束をとりつけているところだというのに、まるで今生の別れをするかのような気持ちが俺の中で渦巻いていた。何か言わないと、彼は完全に離れてしまう。俺の傍から、俺の心から、俺の人生から。足立透なんていなかったと自己完結して思い出のアルバムを閉じるような未来を迎える気なんて、俺には更々ない。けれど、もしかしたら、そうなってしまうかもしれない状況に立たされているのも事実だ。足立さんは、俺にとある約束を取り付けた。出所するまで、面会には来ない。そんな約束。休みの日は絶対に面会に来る気でいた俺にとって、その約束は厳しいものだった。もし、彼が俺のことを忘れてしまったら。もし、俺が彼のことを忘れてしまったら。後者は有り得ないにせよ、前者はじゅうぶん有り得る。最初から独りよがりで始まった関係だったんだ、このまま終わってしまう可能性は、限りなく100%に近い。だからせめて、二人をつなぎ止める言葉を告げておきたくて、さっきまでの台詞を紡いでいたんだけれど。

「うーん、ごめん」
「え?」
「君の電話番号ね、もうわからないんだよ、僕」
「…は」
「番号、携帯から消しちゃったし。もう覚えてないんだよね」

嫌な予感が音を立てて目の前に転がった。そんな気分。じゃあ今番号書いて渡しますから、という焦燥感からの申し出は予想通りやんわりと断られてしまった。予感が予知に変わっていく。もしかしたらがやっぱりになる瞬間を見てしまったような気がして、なんだかとてもこわくなって、俺はついに顔を背けようとしてしまった。けれど、合ってしまった。彼と、目線が。独房にいるはずの彼は、殺人犯の目なんてしてはいない。普通の、大人の目を、している。駄々をこねる子供を諭す大人を、俺はガラス越しに見てしまった。駄目だ、だめだ。この人は本気で離れる気だ。俺の傍から、俺の心から、俺の人生から。

「足立さん」
「ごめんごめん、でも僕にはね、待っててくれる人なんていらないよ」
「あだち、さ」
「はい、足立おにーさんからの最後のお願い」

彼はにこりと微笑む。見慣れた作り笑いとはまた違った、どこか暖かさを感じさせるような笑み。なんでそんな顔見せるんですか、あなたはまだまだ子供でしょう。子供みたいな理屈をこねて立てこもっていたあなたはどこにいったんですか。そんな大人みたいな顔が見たいんじゃなくて、俺はただあなたの傍にいたいだけなのに。今から告げられる言葉だって、きっと俺にとって死刑宣告のような内容なんだろう。耳を塞げば楽なんだろうけど、震えた両手は動こうとしなかった。大人である彼の最後の願いを聞き入れようとしないほどに自分勝手にはなれなかったし、彼を嫌いにはなれなかったから。最後の願いくらい叶えたかったから。そうすることでしかこの人を愛せない俺は、やっぱり子供でしかない。握りしめた拳だって、こんなガラスさえ取り払えない、非力なもので。

「もう僕のことは忘れてね」

ほら、やっぱり。死刑宣告だ。


足立が最後けっこうまともになってたから番長の将来考えて関係切るぐらいはするかもしれないなあと
でもけっきょく3月に手紙書いちゃう足立さん 大人になりきれないあだちんこ
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