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主足(P4)

だってだってと繰り返す唇にさえも涙が伝っていたことになんて気づきたくもなかったのに。長いまつげがそっと陰を落とす瞳を見たらきっと僕は負けてしまう。何にって、そりゃ勝負に。中途半端に持ち合わせた良心が惨めにもひどく軋んでいて、そのままぶっ壊れてしまえと呟こうがそれはギリギリのところで持ちこたえやがるのだ。気づけば僕は泣いていた。もう全部が面倒くさい。一丁の銃が右手から滑り落ちた。バカな先生による下手くそな答え合わせは、僕が大幅に間違ってしまったことを気づかせてくれたのだった。余計なお世話もいいとこだ。

ねえ足立さん、答えてください。どうして俺が泣いているのか、あなたなら知っているでしょう。大人はみんな、答えの本を持ってるんでしょう?どんなに難解な問題を問いかけられても、大人はすらすら答えられるんでしょう?ねえ、答えてくださいよ。どうして俺が凶悪殺人犯の前で号泣してるのか。わかりませんか?そうですか、わからないんですか。じゃあ俺が答えを教えます。だって、好きだったんですよ。どうしようもないくらいに好きで、好きで好きで、仕方なかったんですよ。だって、戦いたくないんですよ。好き好んで好きな人を殺したいなんて、少なくとも俺は思えません。だって、この世界は悲しすぎるんですよ。足立さん、空を見たことはありますか。あなたが見た空はこんなに禍々しい色をしていましたか。知ってますか足立さん、空は青いんですよ。赤くもないし、黒くもないんですよ。ねえ足立さん、教えてください。どうして泣いてるんですか。今更泣いたって、もう俺の想いも空の色も変わってくれませんよ。最後にもう一つ、どうして銃を撃たないんですか。怖じ気づくくらいなら持たなきゃよかったんだ、そんな物騒なもの。あなたはバカだ。少し先の未来さえ見越せなかったんだ。そんなバカを好きになった俺はなんですか、大バカですか。ねえ足立さん、ねえ、教えてくださいよ足立さん。俺の答え合わせはもうおしまいです。さあ早く答えの本を出してください。

「君はバカだね」言ってやった。笑ってやった。蔑んでやった。踏みにじってやった。でもそれでも、そいつの涙は止まることを知らない。ずっとずっと、しょっぱいだけの水を垂れ流している。そんなことして何が楽しいの、と言おうとしたけど、あれれそういや僕も泣いてんだった。それでもきっと、僕らの涙の味は違うんだろう。君はいま出来損ないの愛しさや不格好な悲しみで泣いていて、僕はいま単純に悔しさで泣いている。些細なようで大きな違いだ。肩を寄せ合って泣くなんて女々しいことしたくないし、二人の涙が混ざり合うことはもうない。僕はもう戻れやしないのだ。僕にとっての空は、赤くて黒くて禍々しいものになったんだ。ごめんね、答えの本なんて職場の机に置いてきちゃったよ。

ただただ泣くしかできない自分は愚かでしかなかった。あなたの世界はここになってしまったんですね。答え合わせの結果は言わずもがな、最初から間違いだらけで。そんなことはもうわかりきってしまっていたのか、彼は4月のあの日に答えの本を置いてきてしまっていた。時間を戻すことができれば、取りに行けるのに。そう思ったって漫画みたいに時間が戻ることなんてないし、俺の涙は止まらない。でも、ついに、彼の涙は止まった。そっと、緩やかに、涙を拭った。山野真由美を突き飛ばした右手で、小西早紀を突き落とした左手で。俺たちはもう相容れることはないと、決別するんだと宣言されたような感覚が全身に走る。暫しの間目を閉じる足立さんは、なんだかとても、綺麗だと思った。ああさようなら俺の好きな人。涙を拭って構えた剣は鉛のように重かった。


泣き虫ヒーローと泣き虫殺人犯
甘めなのを書こうとしたらどうしてかこうなった
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