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主足未完(P4)

「好きです」

これだから子供は苦手だ。勘違いを真実だと信じこんで、感情のままに動こうとしやがる。せっかく正常に作動している頭を使おうともせず、ただ一直線に猛進しやがるんだ。無様で滑稽で厄介にもほどがあるその行動に気づく努力すらしないで、なんとまあ困ったことにそれが正しいと思ってるんだから目も当てられない。確かに自分にもそんな時代はあった。今となっては遠い昔の話だが。きらきらと瞳に光なんて振り撒いて、がむしゃらに走ろうと助走を始めていたときもある。しかしそれは現実という大きな壁によって実にあっさりと阻まれた。勉強しなさい、どこに行っても聞こえてくる親や先生の怒号。ああうるさいうるさい、そうは思ってもそれを反抗という名の行動に移すのは面倒くさくて、けっきょく自分の人生マラソンはいつも小走りオンリーだった。最初に本気で走ってしまうと、最後まで体力は続かなくなる。そんなことはどんなバカでも知っているし、勉強ばかりしていたせいで知識だけは豊富な自分はなおさら理解済みだった。だから最初から全力疾走しているやつを見ると、自然と嘲笑が零れる。呆れを通り越してむしろ哀れにすら感じられる。そして今目の前にいるこいつも、そんな可哀想な人種の一人だ。しかしこいつは前を目指して走っているわけではないらしく、どうやら大幅に横路に逸れてしまったらしい。17歳といえば、まだまだ周りに女なんてたっくさんいるだろうに。しかもこいつはなかなか顔もいいし、手に余るぐらいの出会いは望めるだろうに。よりによって、この僕を、好きだと言う。ああこの少年はいったいどこでボタンを掛け違えてしまったのか。本当に可哀想で仕方がない。あ、もしかしたら罰ゲームでしょうがなく告白してる、とかそういう理由があるのかもしれない。というかそう信じたい。信じたいんだけど、そうであってはくれなさそうだ。目前のそいつの目はいつにも増して真剣そのものだし、その剣幕はものすごいし。あーこれ逃げ場ないな。

「返事はいりません」

いやべつに返事しようとか思ってないし。まずかける言葉すら見つからないし。だいたい今僕が言えることといえば『誠に残念ながら僕と君にはご縁がなかったようです。君に新しく素敵な恋の縁が舞いこむことをお祈りしております』みたいな就職不採用通知の真似事的な言葉ぐらいだろう。そんな台詞を言わせるためにこいつはわざわざ僕に告白してきたんじゃないことぐらいわかるし、下手な慰めを口走ったことによってこのガキとの仲が険悪になるのもできれば避けたかった。まあ、告白された時点でもう普通の仲からは逸脱してしまったわけだけど。こいつは面倒くさいことに堂島さんの甥だ。下手に関係を崩してしまったら、その影響は少なからず堂島さんとの仲にも及ぶだろう。ただでさえポカやらかして左遷されたダメ刑事のレッテル貼られてんだ、これ以上職場での立場を危うくしたくはない。そのためにこいつとの関係をまあるくまあるく収めて大団円ハッピーエンドに持ち越したいんだが、それはこいつの出方次第だ。さて、返事はいらないってことは、ただ好きだって気持ちを伝えたかっただけってことなんだろうか。うっわーなんつーお笑い種。でもそのままお笑い種でいてくれりゃあこちとら大助かりだ。『こんな僕を好きになってくれてありがとう。君の想いは忘れないよ』とでも言っとけばベソかきながら帰ってくれんだろ。どこの安っぽい恋愛ドラマだっての。笑いすらこみあげねーわ。
嘲笑混じりに胸中で呟いていると、そいつは射抜くような瞳をこっちに向けた。今目ぇ逸らしたら殺されそうだな、と頭のどっかで考える。鋭い眼光は堂島さん譲りで、もしこの目で事情聴取なんかされたらたぶんほとんどのやつは2分かそこらで音を上げるだろう。実際、堂島さんの事情聴取で耐えれたやつなんて数えるほどしかいないって聞くし。こいつも将来刑事になればいいのになあ、と珍しく他人の将来なんかを想像していたとき、そいつは腹が立つくらい整った唇からぼとりと言葉を落とした。ぽろり、とか、そんなかわいい擬音じゃ似合わないような、笑っちまうぐらい自分勝手な言葉を、ごく自然に吐いたのだ。

「あんたがなんて言おうと、勝手にあんたを俺のものにしますから」

ガキの勘違いほど面倒なものはない。それを心の底から思い知った瞬間である。青臭い台詞を並べ立ててかっこいいと思いこむのは特に悪いことだとは思わないけれど、そのかっこつけごっこに人を巻きこむのは感心しない。いや感心しないどころじゃない、非常に迷惑極まりない。ごっこ遊びなら友達と勝手にやってろよ、そこに大人を巻きこむな。はーぁと大げさについたため息は風に運ばれてどこかに消えた。
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