下ネタ(エッセイ)
 私は小さな店をやっているのだが、全商品を定価より安く売っていて、その値段を
手書きで書いている。
 値段は厚紙に四角い枠を書いて、その中に書いている。
全部が手書きなので結構な手間なのだが、最初からそのやり方でやってきて垢抜けては
いないがその値段表示が、温かみがあると店の売り、特徴みたいな感じになっている。
今は手書きの枠をコピーしてるが、以前は枠書き(わくかき)をお客さんが
少ない時など、手が空いた時にやっていた。

 塚ちゃんの年は四十歳を越えているんだけどオボコくて、と本人にそう
言うと怒るのだが、無知というのか、清純というのか…。
 その日は、雨降りでお客さんが二・三人しか居なかった。
ちょっと聞きたいことがあって、(あれー、塚ちゃんは、何処に居るのかな)と思い
「塚ちゃん、塚ちゃん!」と彼女の名を呼んだ。
 すると、店の奥の方から
「はーい、ここにいまーす。今、お客さんが少ないから奥でマスカキしてま−す。
用事があったら呼んでくださ−い」と明るい声で返事が返ってきた。
おっと、マスカキはまずいだろうと、慌てて彼女の傍に行き
「ちょっと、マスカキってのはまずいよ」と言うと
「なんで?」と怪訝な顔つきだ。
「おいおい、マスカキってのはセンズリのことだぜ」と、私も照れて乱暴な言葉
で言う。
すると、
「センズリって何ですか?」と、大きな声で聞くじゃないか。
「シー、シー、大きな声で聞くな!自慰行為のことだよ」
「はー?」
「マスターベーションのこと」押し殺した声で説明すると
「エー!」と彼女は驚いた。
全く!参ってしまう。
そんなこと知ってるから別に偉いわけではないのだが、知らないということは強みという
のか恐いもの知らずといっていいのか、何の疑いもないのだ。
しかし「客が少ないから奥でマスカキしてまーす」ってのは、ちょっと危ない。
塚ちゃんは、他県から嫁に来ているので、方言の違いから話が通じないことが多々ある。

今はもう嫁に行った塚ちゃんの娘が小さい頃、ぬいぐるみを貰った。
それは、従妹の子が使っていた物でお尻の横にその子の名前が、ユリと書かれてあった。
それを見た子供の友達が「あっ、けづめどユリちゃんだ」と言った。
塚ちゃんは、けづめどの意味を知らなかった。
次にぬいぐるみをくれた知人に会った時、ぬいぐるみを指して
「これ、けづめどユリちゃんって呼んでるの」と言った。
少しでもこの地にとけ込みたい気持ちから出た言葉だったが、従妹との仲は疎遠になった。

 以前に娘を食事に連れて行った時のことだ。
「お母さん、ミミズ千匹ってどういうこと?」と突然聞かれた。
私は、思わずあたりを見回し、後で教えてあげるからと言ったが、
「どうして?ミミズが千匹いると可笑しいの?」と娘は聞いてきた。
誰か友人が、笑いながら言ったらしいのだ。
「だから、後で教えてあげるから今は言わないで!」と恐い顔をして見せたが、
その時の娘もやはり怪訝な顔をしていた。
その後、ミミズ千匹、イソギンチャク、数の子天井の意味を教えた。
耳年増の友人が、それらのことを言って優越感に浸っていたようである。
その頃の娘は抗期で、私の言うことなど聞く耳も持たず、会話の少ない時期だったが、
この時ばかりは「分からない言葉があるんだね。お母さんは物知りだね」とえらく感心し
ていたものだ。
と、この話をしたところ、これらの意味が分からないために笑えないと言われた。
これらは女性の名器のことであるので、人前で大きな声で質問しないように気をつけて
ください。
隠語というやつは、知られたくない事を隠しながら伝えると同時に、仲間意識や連帯感、
他の人には分からないだろうといった優越感を刺激する。
その優越感は劣等感の裏返しであると私は思っている。
隠語が多く使われる世界といったら、芸能界と夜の世界だろうか…。
若い子達も、自分達にしか分からない隠語を次々と作り出し駆使しているようだ。
皆、淋しいのかもしれない。

そして、わからない、知らないということは滑稽で可愛い。
知人が、オルガという水の機械を売っている。
実際に何度かあったことだという。
品の良い奥さんが、(この品が良いというところがミソである)電話などで
「あのー、オルガスムスいただけますか?」と言ってきて
「はあ、私でよろしかったら」とちょっとニヤっとしてしまうのだが、相手は至って
真面目であり、彼は機械の名称はオルガであるということのみ知らせるという。
「可愛いよなあ」と彼は言う。
しかし、その可愛さは自分では分からず、自覚していない時に限られる。
自分の可愛さに気付き意識して、更にそれを演じ始めたときに最低のものになる。
カマトトの語源は、カマボコってオトトと聞いたものが居たことから、知っているのに
知らない振りをすることと、実際にものを知らない人のこと、
また、その素振りが板に付いていることからだ。などいろいろな説を聞いたことがある。
広辞苑には「わかっているくせにわからないふりをすること。なにも知らないような顔を
して上品ぶり、また無邪気らしくふるまうこと。またその人。」とあった。
それを読んで辞書をまとめた人が、私と同じように、演じるものへの嫌悪感を持って
いるなと思い嬉しくなった。
私は、辞書をみるのが好きだ。
辞書などというと知的で無機質と思いがちだが、なかなかどうしてそれをまとめた人の
人となりが何処かに表れていて面白い。

 店に「AVラック」なるものが、入荷してきたことがあった。
私も機械音痴だが、店のスタッフも負けず劣らずの機械とカタカナ音痴である。
その「AVラック」をスタッフの二人と店の商品台に並べていると
「ねえ、店長、こんなもん売っていいんですか?
AVってアダルトビデオってことでしょう?」と塚ちゃんが、言ってきた。
「うんー、だってちゃんとしたメーカーの商品だよ。
そこが大手を振って出してきてるってことは、それだけ世の中に需要があるってことじゃ
ないの?」
「店長らしくないですね。世の中がいくら支持しても自分の納得しないものは売らないっ
ていつも言ってるのに、こんなもの売っちゃっていいんですか!?」
「だって、わかんなくて入れちゃったんだもの仕方ないよ。黙って売ちゃおうよ」
「そういう人ですよね、店長って!」
「そうだよ、今頃わかったの?」
「そうやってすぐに開き直るんだから、それにしてもアダルトビデオ見る人って
そんなに居るんだね。特製のラックまであるんだから」
「ところでアダルトビデオってのは、サイズかなんかが違うの?」
「わかんない、だけどあたし実はアダルトビデオってやつ見たことないんだけど」
「いやだー、店長っていろいろ知ってるみたいだけど、結局耳年増なだけなんだあ」
そんな話があって、その日、塚ちゃんは家に帰って旦那にその話をしたらしい。
そこで旦那に呆れられたと次の日に言ってきて、AVとはオーディオビジュアルの略だと
いうことが判明した。なんでオーディオなのにAなの!?と塚ちゃんは、言った。

四十台半ばになるのだが、牛ちゃんというヤツも面白い。
塚ちゃんと私で何かの話から
「あいつは感度が悪そうだからマグロだな」と私が言っっているのを聞いて
「マグロって何?」と牛ちゃんが、聞いてきた。
「うーん、そうだなあ牛ちゃんみたいなのかな」
「何よ!どういうことよ?」と牛ちゃんは何か分からないが、からかわれていることを
感じて口を尖らして聞いたが教えなかった。
牛ちゃんは家に帰って旦那に聞いた。
「あたし、マグロだって言われたんだけど、どういうこと?」
すると旦那は、
「そうだな、君は昔から若鮎のようではなかったな」と笑って答えたという。
次の日に、マグロってのは布団の上でゴロンと寝たきりの感度の悪い女のことで
若鮎はぴちぴちと活きのいい感度のいい女のことだと、私に教えられた牛ちゃんは、
「いーえ、あたしは若鮎です!」と憤慨していた。

牛ちゃんは、物知りで諺や漢字、特殊な名称などをよく知っている。
そんな彼女だからこそマグロを知らなかったことが、余計面白かったのだ。
まったく!知らないということは、大真面目で滑稽である。
 そして、可愛い。