チョコレート

終りの跫
11月13日 13:35

扉が開く。食事を持ったファルベよりも一足先に、黒い影がツヴァイの部屋へ飛び込んだ。
「おいで、レーベン」
ツヴァイの言葉に応えるようにミャアと鳴いて、真っ黒な毛玉がすらりとその手元に忍び入る。細く白い指先に撫で上げられ、ごろごろと喉を鳴らした。
「あはは、お前はこんな寒い日でも暖かいなあ」
ベッドの上。レーベンを抱き上げ、蒼白い頬を赤く染めるツヴァイ。
「……ツヴァイ様。お食事を」
「うん。ありがとう」
傍らのテーブルに、食事の乗った盆を置くファルベ。よしよし、とレーベンの頭を撫でてから、盆の横の水盤へ手を伸ばした。
ツヴァイがパンを手に取ると、それを見計らったかのようにレーベンが膝の上から飛び降り。まっすぐに、控えていたファルベの足元へと擦り寄っていった。
「ほんと、レーベンに懐かれてるね。ファルベ」
「……いえ……」
「食事とレーベンを運んでくるのは、いつも君の役割じゃないか」
そう言われて、困ったように足元を見下ろすファルベ。尻尾をピンと立て体を擦り付けては見上げていたレーベンと、ふと目が合った。キュルル……と小さな鳴き声があがる。
「餌は、グリューネ殿が与えている筈ですが」
「食べ物をねだってるんじゃないと思うよ?たぶん、僕の世話をよろしくって……母親みたいに、気にかけて、」
ごほごほ、と咳で言葉が途切れる。ハンカチを差し出され、手に付いた血痰を慣れた様子で拭きとるツヴァイ。
ミィ、と細い鳴き声がした。
「……もう少し、お傍に置いていては如何ですか」
「ううん。ごめんね、連れて行ってほしい。移っちゃ、困るから」
「畏まりました」
「ファルベは、大丈夫なの」
レーベンを抱き上げようと、伸ばした手が止まった。
「……」
「ずっと気になってたんだけど……他の人に看病をさせないのは、そういうことでしょ?」
「……ええ。大丈夫です。また、お食事が終わりました頃に伺います」
暖かな黒い塊を腕に抱くと、一礼して部屋を後にするファルベ。
『あ、っ』
部屋の外で、聞き慣れた幼い声がした。
『……イさま………ては、いけません…………ってしまいます……』
「レーゲンか……」
扉の向こうで、ファルベが諌めているらしい。「苦労をかけるなあ」と、苦笑いを浮かべた。
しばらくして、話し声が止む。しかし、それから少し経つと、控えめな音を立てて扉が開いた。
「……アプフェルにいちゃん」
恐る恐る顔を出したのは、愛猫とよく似た褐色の目の弟。
「レーゲン。さっき、ファルベに注意されたばっかりだろう」
「だって、……」
「何度も言ってるだろ。あの人は、悪気があってお前を止めてるわけじゃないんだ。お前の為を思ってるんだよ」
「……ここで話すのも、だめ?」
きゅるる、という鳴き声が聞こえてきそうな表情。ツヴァイは、やれやれと一つ溜め息を吐いた。
「少しだけ、だぞ」



「……お前達は、人間に比べて生命力が強いのだろうな」
湿っぽい咳を二度繰り返し、じゃれつくレーベンの背を撫でる。中庭の噴水の前、湿らせた二枚目のハンカチで口元を押さえ。
「……主人を思う故の秘匿も、時には大切なものだ」
柔らかい布地に、鮮やかな赤が斑を作った。

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