* 121
「まるでずーっと夢を見てるみたいだった。ルカさんに逢うまでは、私は私が出会う誰より力があって、他人の命も自分の意のままに出来るって、神様みたいな事を思ってたの」
「…神様?」
「私が魔法を使えば簡単に死んじゃうの。動きを封じることも簡単で、私はいつも捕まえたターゲットに自分の聞きたい事を全部聞いてからその命を奪ってた」
それは世界の事だったり、その人の人生だったり、魔法についてだったり。そのとき知りたい物を、知りたいだけ、全部話をさせて、それで終わり。それだけだった。
「あの場所に居る間は、これ以上ここにいても自分が知りたい事は全部知れないんだってわかってしまった。だから、あの場所を捨てた。でも追手は来るし、あの組織は私を許さない。そうやって逃げてるうちに、陛下が私を拾ってくれたの」
「ラビが?」
「うん。最初は多分、魔力が高いのが珍しいって、それだけだった。行くところがないなら自分の国においでって。私は何も考えずにそれについていって、その先で初めてアルテミスを見た」
嘗て世界最強と謳われた、戦闘部族。初めて目の前にしたその種族は想像より遥かに普通で、特別魔力も高くなくて、寧ろ戦いなんて出来るのかと思うくらいに、綺麗で細い、弱そうな男だった。
「ルカさんを目の前にした時、私すぐに勝てるって思った。何も知らないのに、ああ、世界最強ってこんなもんかって。でももしもその魔力が私の知らないところで知らない形に変化するなら、それは知りたいって…それだけで、私はこの国に来て一番最初に、ルカさんを襲った」
「…襲っ、…え?」
「戦って勝って捕まえたら、それは自分のものだって言う考えがあってね。…だからその後は殺すも生かすも自分の自由だし、別に誰も怒らないだろうって。そうやって生きて来たから、何が悪いのかもわからないままで」
そうやって手にかけようとした相手は、それは見た目とは相反する戦闘力を有する、まさに世界最強の男だった。
「陛下の目を盗んで、ルカさんに魔法で攻撃しかけて…一瞬だったなあ。手応えないなあって思ったら、それもそのはずだよね。私の一撃が放たれた瞬間に、ルカさんは私の腕を片方奪ったんだから」
「…、」
「その後はお察しだよね〜」
人として最低最悪、人生舐めくさった態度でいきなり喧嘩をふっかけた私は、いとも簡単に腕を奪われ、身体の自由も奪われ、あわや片足ももがれようと言うところで、腕か足か目か、順番を選ばせてやると発言した悪魔の言葉を聞き止めた。
「ルカさん私が来た時点で暗殺者だったことには気付いてたんだって。でも自分にも陛下にも万が一はないって思ってたから私のことは調べてたけど、どうこうするつもりは無かったって後でいってた」
「…いや、それ以前になんかすごい殺されかけてない?」
「まさしくルカさんが、私が初めて目にした地獄だったよ」
「…地獄…」
「うん。でも当時の私は常識が欠如してたからね、その後ラビさんの説得で拘束された上で開放はされたんだけど、なんでルカさんが怒ってるのかはさっぱりで。そこから陛下の意向で私はルカさんにみっちりぎっしり世界のルールを叩き込まれてまあ、今に至るみたいな?」
いつものようにへらりと笑って告げると、そっと伸びて来たシノの手が、机の上におかれていた私の手を握りしめた。暖かいそれは、人の体温を持つ証拠だ。私の左手には無い。
あの左手は、私そのもので、そしてあの時とても人とは思えない冷めた瞳で私を見下ろしたあの人のようだった、のに。
「ルカさんを見たときに、この人はきっと私と同じだと思ったの」
「同じ?」
「ルカさんは、私なんかよりも頭がいいし、たくさん知識があって、常識をしってるけど。でもどこか人じゃない物に見えた。感情を知っている事と、心があるのは違うから。この人は知識はあっても、心はないんだって一目見たときに思った」
「それが、リーサと同じだって?」
「私は知りもしなかったけど、でも間違いなく、同じ人種だった。人より遥かに大きな力があって、簡単に他人を好きに出来る。感情は、知りはしても、心を持つことはない。まるで機械のような生き物だった」
そんな人がまとめる国を。そんな人が歩む世界を。私が同時に歩むことになった時。この人を見ていれば、きっと私は正しく人と同じように、生きて逝けるんだろうと思った。
「なんでもよかったの。私を道具じゃなくて人として扱ってくれるなら。飽きたら捨てればいいし、要らなくなったら壊せばいいと思ってたから。でもいつの間にか、この国は私を必要としてて、たくさんの人で溢れ返るその場所で、思いのほかたくさんの人が、私のことを知っていた」
「リーサ」
「そうやっていつの間にかこの国の人間になった私に、『人の世界はどうですか』ってルカさんが言ったの」
今の今まで知らなかった世界。それはルカさんもきっと同じで。けれど私よりもずっともっと前から、それを教えてくれる人を既に見つけていて。わかっていて、わかっているのに、未だ手にし切れていなくて。それでも、不器用に、誰かに、分け与えようとしてくれた。
「私は始まりが間違いだっただけで、自分とは違うってそう言った。その意味がわからなかった。でも多分、私が当たり前の人のように産まれて、普通の子供として育っていたのなら、そうはならなかったってことで…だからきっと、最初から私とルカさんは同じなんかじゃなくて、」
「リーサ、あのね」
「…、」
「人が違うのは、当たり前だし。リーサとルカは、私から見たら似てないし、…似てないけど、二人とも最初からちゃんと『人』だったよ。私の中では、ずっとそう」
きっと私と同じであろう人だと、私が縋り続けた幻影は、
「誰かを思って、人を怖がって、心を願うの。恐怖でも嫌悪でも好奇でも、喜び、幸せ、悲しみや淋しさ、どんなものでも、そこに心が一つ伴うなら、何かが欠けていても、それは間違いなく人で、そしていつかその人は、どんなに時間がかかっても、他のたくさんの感情を知って行くの」
「…っ、」
「他の人よりただうーんと、時間がかかるだけなの。リーサも、ルカも」
ただ、それだけなの。って。包むように笑う目の前の何の変哲も無い少女の存在一つで、私が欲しがったすべてを、手にしたの。
「――だからもう、怖がらなくていいよ」
命は、あっけなく消えるものだから。嘗て自分が奪い続けたように。だから、怖くて。恐ろしくて、いつも握りしめた手をひらけずに、上辺だけの言葉で取り繕って来た自分の本当の心を。失うかもしれないならば、と諦め続けた心を。
――貴方は、あの人じゃなくてもそっと暖かい言葉で、溶かしてくれるんだね。
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