痛いの、痛いの、

話題:SS


ゆう君は僕の従兄弟で、まだ小さいけれど、僕の憧れの人だ。

それは二人で近所の公園に行ったときのこと。転んで泣いていたゆう君に、痛いの痛いの飛んでいけ、と言ったら、彼は不思議そうな顔をして聞いてきた。
「じゃあ、飛んでった『痛いの』はどこいくの?」

そのとき一陣の風が僕の帽子を攫っていったけれど、そんなことに構ってはいられなかった。まっすぐに僕を見つめる彼から、目を逸らすことができなくて。
何故か責められているような気がして、一筋の汗が背中を伝う。ここじゃないどこかだよ、と答えた声は、少し掠れていたかもしれない。
「それならこのままでいいよ。だって飛んでった痛いのが、お兄ちゃんやお母さんにくっついちゃうかもしれないからね」
もっと小さい子のところかも、と彼は続け、ひとつ笑って駆けていった。立ち尽くす僕との間に、距離ができる。

僕は自分が卑怯者だということを知っている。言葉だけの慰めを贈るところも、自分が幸せならそれでいいと思っているところも。……多分こんなこと、彼は考えもしないんだろうけれど。


お兄ちゃん、と呼ばれて振り向くと、目の前にはすっかり忘れていた帽子。それを笑顔で持ってきてくれた彼を前に、うまく笑い返せた自信はない。僕は帽子を目深に被り、帰ろうか、と言って彼の手を引いた。
夕空の下、当たり前のように並んだ影を見ながら思う。
僕もいつか、彼のような人になれるだろうか、と。