少しでも先で交わるために_



 はぁ、と吐き出した息が、白く濁りながら空に融けていった。

寒いと言う感覚は、もう神経が麻痺してしまっているのか、体が慣れてしまっているのか、それ程感じなかった。
それよりも、行き先が不安定で迷っている足のせいで、どんどん進むスピードが遅くなる。

さて、これから本当にどうしようか。
期限切れ寸前の定期と財布と勢いだけで電車に飛び乗った自分は馬鹿なのかもしれない。感情高ぶる夏ならいざ知らず、こんな雪のちらつく真冬に私は何を衝動的になっているのだろうか。
でも貴方の思い出は青春煌めく真夏ではなく、どこか物寂しい冬にばかり積もっているのだからしょうがない。
もうすぐ貴方と別れた日がやって来る。

そんな日を経験するのは初めてじゃないはずなのに、今は何故か居ても立ってもいられなかった。
だから、わざわざ電車を抜かしても片道30分以上もかかる道をとぼとぼと歩いている。
もうちょっと厚着して来れば良かったな、なんて思いながらポケットに両手を突っ込み、自分の足先を見つめながら歩くと雪が前髪を揺らした。

ここまで来たのだからと、足を前に運ぶのは良いとして、私は今更あの人の家に行って何がしたいのだろう、と考える。
もしばったり会ったりなんてしてしまったら、なんて話せば良いのだろう。どんな顔をすれば間違いないのか。


そんな自問に答えを思い付く間もなく、見慣れたアパートの前まで来てしまった。

こんな寒い日曜日に、道端で話し込む主婦などいるはずもなく、ましてや子供すら見当たらないこの路地は、耳を澄ませば雪の降り積もる音が聞こえそうな程だった。
ただ私の吐く息の音だけが耳につく。

立ち止まってしまうと、急に空気が冷たく感じてくる。
震えたついでに辺りを見渡すと、有り触れた自販機が一台縮こまって佇んでいた。

カイロ代わりに暖かい飲み物でも買おうと、ポケットに押し込んだ財布を引っ張り出しながら自販機に向かう。
有り触れた自販機の中に並ぶレプリカは、やはり有り触れたものばかりで缶コーヒーとお茶だけで半分以上が占められていた。

財布を開くと千円に満たない小銭がチャリンと音をたてた。
冷たい120円を取り出し、自販機の口に流し込んでいく。ボタンを押せば三つの硬貨があっという間にホットココアに変わって出て来る。
少し熱めのそれをカイロにしながら、おもむろにもう一度硬貨を自販機に流し込む。
ガコンと音をたてながら吐き出された二本目のそれは、私の右手に収まった。


足を踏み入れたアパートの敷地内は、路地よりも静まり返っている気がした。
見慣れた苗字の標識がかかる一室の前に立ってみるけれど、聞こえるのは空気が雪に揺らされる音だけだった。

住民が外出中なのを良いことに、勝手に少し禿げかけた赤い郵便受けを開く。中にはチラシが数枚押し込まれているだけだった。どうやらちゃんと郵便物は毎日取ってるらしい。
そのチラシを端にずらして、開いた逆端にまだ熱いぐらいに温かいココアを置いた。
くたびれた郵便受けはイレギュラーなそれも、すんなり受け入れてくれたらしい。

そっと郵便受けを閉じると、悪戯をした子供のようにそそくさとアパートを背に駅に向かう。


行きよりもずっと暖かく感じる電車は、数人しか乗っていなくて、とてもゆったり揺れていた。

あの人は覚えているだろうか。あの日のほの暗い中で存在感を示す、自販機の明かりを。その明かりに照らされた雪の白は、私の中ではまだ色褪せないのに。
カイロ代わりにしたせいで温くなったココアは、あの頃よりずっと甘ったるかった。





ear様提出。


p.s.  



Data / 0224 21:28 
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Category/文芸 





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