セピア色の紺セーター_



 さな町にある市立公民館の中に設置された図書館は、学生が八割を占めているというのに、本をめくる音すら煩いほど静かだった。


(疲れた、なぁ……)


グッと奥まで背伸びをして、はぁと深く息を吐けば、自然と体から力が抜けていくのが分かった。
ブレザーを脱いでセーター姿になっている体は、いつもより容易に伸ばすことが出来た。

すぐ隣の壁に掛けられた丸い時計を見上げれば、私が図書館に来てから既に二時間が経っているのが分かった。

どうりで集中力が切れる訳だ。そんな事を頭が考えながら、すっかり力が抜けてしまった体は机に俯せる様に前に崩れていった。

今まで頑張ってきた数学の公式がずらりと並べられたノートは、避けられる訳も無く私の枕となってしまった。
しかしノートがフワリと私を受け止めてくれる事もない訳で、固い木製の机の上に敷かれた申し訳程度の厚みのノートとぶつかった私の額は小さくゴツンと音を立てた。

小さかった音の割には随分痛い。
前髪を退けて額をさすりながら、今度は痛くないように両腕を組んで枕にした。

最近一段と寒くなってきたせいで、随分と着膨れしてしまっている私の腕は、ノートなんかよりも寝心地は良くなった気がした。


(なんだか本当に眠くなりそう)


暑くもなく寒くもなく、適温に調節された暖房の温もりはゆっくりと遠くから睡魔を呼び寄せていた。
カツカツと他の人が走らせるペンの音がなんだか子守唄の様に聞こえる。


思わず顔を枕に擦り付けた時に、ふと記憶が呼び起こされるのが分かった。

この感覚、知ってる気がする。
下に何枚か重ね着された上のセーター、多分買ってから随分着ては洗濯してを繰り返して、よく着慣されていたそれ。
あの時一度だけ触れたそれによく似ていた。

(……懐かしい)

その中で思いっきり息を吸い込んでみたが、鼻孔を突いたのは慣れ親しんだいつもの洗剤の匂いだった。
彼の匂いとは違う――いや、もう彼の匂いなんて覚えていないけれど――その匂いがなんだか彼の笑顔を急速に遠ざけて、私を現実に引き上げた。

なんとなく微睡んでいたかの様な感覚からいきなり現実に投げ出された私は、行き場をなくして仕方なく体を起こした。


思い出す前と何ら変わりないいつもの図書館。そのはずなのに、何故かそれはいつもより私に余所余所しい気がした。

そんな言いようのない、迷子にでもなったかの様な不安感に苛まれていた私に、ふいに隣から声が飛んできた。


「寝てたでしょ」


静かな図書館にゆっくり溶け込んでいくようにヒソヒソと発っせられた彼女の声は、私の鼓膜を確かに揺らした。

隣を見ると、私と同様に集中力が切れたのか、ノートの上で頬杖を付きながら笑う友達と目があった。

「寝てないよ」

もう一度、先程よりゆっくりと背伸びをすれば、本の香りを含んだ空気がドッと流れ込んできた。

「嘘でしょ」
「本当だって」

秘密話でもするように言い合って、どちらからともなくクスリと笑い合う。

「もう帰ろうか」
「うん」

今日はもうこれ以上集中は出来ない気がした。


二人してなるべく余計な音を立てないようにしながら図書館を抜ける。
公民館の扉を潜ると、冷たい風が一気に体温を奪って吹いていった。


「さぁっむ」

マフラーを巻き直しながら早々と歩き始めた友達の背を追いながら、頭の片隅でセーターの温かさを感じていた。
彼は今年も同じセーターを出したのだろうか。


p.s.  



Data / 1208 16:29 
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Category/文芸 





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