ひとひらの命


5月20日 11:17 :現代パロ
散る花あれば、咲く花もありて(沖斎)



どうして、君のことを忘れていたんだろう。
一目見てすぐにそう思った。
穏やかな昼下がり、日用品やごはんの買い出しで足を伸ばした商店街の端に君はいた。
時が止まったように僕は、そこから動けなくなってしまう。
見下ろす具合も変わらない。
手にはなぜか箒とちりとりだけど。
重苦しい前髪の奥から覗く蒼い瞳と、確かに目が合った。

「一君...だよね?」

「まあ、そうだが。総司なのか?」

発した声と名前を呼ぶ声色に、何だか目の奥が痛くなってきて僕は眉を寄せる。

「おっしゃる通り、沖田総司です!」

「だろうな、どう見ても。幽霊では無さそうだな...ならば、飲み物でも飲んで行くか?」

君は背後でのドアを引く。
そうしてやっと僕は、君が立っていたのが喫茶店の前だということに気が付いた。


いわゆるレトロ喫茶と呼ばれそうな店内に人影はない。
細やかなこだわりを感じる内装と静かな音楽が流れる様子は一君らしくて、とても落ち着く空間に思えた。
カウンター席を勧められて腰を掛ける。
お湯を沸かし始めた一君の手元をじっと見詰めた。
一君の、指だ。
少し骨張っていて、僕より白くて長い指。
何だか何一つ、僕の記憶の中の一君と変わらないように見えた。

「ブレンドコーヒーを淹れようと思うが、飲めるか?」

「え、苦いのは嫌。一君知ってるでしょ?」

そんな問いに唇を尖らせると、一君は眉を下げて口元を緩める。

「すまぬ。あんたは今も...そうなのだな。ではカフェオレにしよう。砂糖は好きなだけ入れるといい」

彼に、甘やかされていた記憶。
確かに厳しいことも言われたし、対等に扱ってもくれていたけれど、それでも確かに君は僕を甘やかしてくれていた。
さりげない仕草で、心をくすぐるように。

「いや、僕の方こそ試すようなこと言ってごめん。ほんとはね、さっき君のことを見て思い出したんだ。桜が満開になって春がくるみたいに君の記憶でいっぱいになった」

一君。
君を、新選組の仲間として、武士として、人として、とても好きだった。
そうして君を想っていた時間は、本当に花の盛りみたいだったように思う。
だけど、花はやがて散る定めと同じく、その思い出も何もかも痛みを残して僕の腕から零れ落ちてしまっていたのだけれど。
洋装に身を包んだ君を見送ったあの日、もう二度と手を伸ばしても届かないもののような気がしていた。
だから忘れてしまっていたんだろうか。
僕は死ぬその瞬間まで、近藤さんのことも、新選組のことも、君のことも忘れずに居たはずなのに。

「そうか...」

一君はコーヒーがフィルターを通して落ちていく様子を見つめながらそれだけ言った。
君は、どうなんだろう。
今生をどんな気持ちで過ごして来たんだろう。
逸る気持ちを深呼吸で誤魔化して、静かな音楽だけが耳に届くまま一君の所作を眺めていた。
君の瞳を覗き込んでも気持ちは透けて見えはしない。
あの頃はもっと、一君のことなら何でも分かるつもりでいたのに。
僕の前にカップが置かれて、ミルクの甘い匂いが漂った。

「俺は少し、あんたに会うのを恐れていた」

「どうして?」

「今生のあんたは、俺の知るそれとはまるで別物なのではと思えば思う程...な」

君が、僕の事をどれだけ想ってくれていたか、僕はよく知っている。
剣を握るのも覚束なくなった僕の手を必死で摩りながら唇を噛んでいた君の心の涙も。
だけど先に去った僕は、愛した人を失う痛みも苦しみもきっと全ては理解しきれていないだろう。
それでも傾け続けた想いの果てに待つのが、姿形だけ同じで全く違う想いを抱いた人間だったなら僕だってきっと等しくは愛せない。
共有していたものだって、二度とそこには還らない。
新しく関係を始められる勇気は出るだろうか。
築いていた筈のものを夢に見たままで。

「だが、杞憂に終わった。一目見て、あんたはあんたに違いないと思えた」

目を細めた君の、心底安心したような顔が愛しくて鼓動が高鳴る。
こんな気持ち、どんなに探したって此処にしかない。

「ふふ、お眼鏡に適って良かったよ」

カフェオレに角砂糖をみっつ落としてスプーンで掻き混ぜる。
砂糖が溶け合うように、僕らの想いも離れていた時間も自然と混じっていくのが分かる気がした。
カップに口を付けると、たっぷりのミルクと珈琲のいい匂いが口の中に広がってとても落ち着く味だった。

「ん、美味しいね」

「口に合ったなら良かった。時に、あんたは今いくつだ?」

「えっ、じゅーきゅーだけど?」

大学生になって、初めての一人暮らしでこの街にきた。
こんな所に喫茶店があるなんて、今まで気付かなかったけど。
そういえば一君のお店のようだし、もしかして君は結構歳上なんだろうか。

「19歳か。成人しているならば犯罪にはならぬな。総司、結婚を前提に付き合おう」

「ふっふふ、まさか君からプロポーズされるなんて思いもしなかったよ。いいよ、一君の旦那さんになってあげても」

真っ直ぐな蒼い瞳が僕を見上げて笑う。

「幸せにする」

微笑みを深くした君の頬に触れると、僕より少し低めの体温と滑らかな肌の感触。
懐かしくて、甘い時間をもう一度刻もう。
きっとあの頃見た夢の続きも、君となら見られるに違いない。







めぇっちゃ久しぶりに沖斎書き上げました。
現パロというか転生パロってやつですが。
多分休み休み一年くらいは練ってますが沖田総司の台詞って本当に書きやすいな。
沖斎好きな人の心を少しでも潤せますように。

2023.5.20 音夜


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