ひとひらの命


4月21日 12:03 :沖斎
過剰的進行速度(沖斎)






多少の体調不良というならば気のせいと思えたのだろうが、どうにもそう簡単ではないらしい
眩暈と熱さが思考を奪う
このまま隊務に支障をきたすならば、此処で無理をするのは懸命な判断ではないだろう
小さく溜息を吐き出し、俺は抜け出した床に戻った

「ん…一君、顔が赤いね?
風邪かな」

床に居た先客は眠い目を擦りながら俺の額に額を合わせる

「あー、熱い
移しちゃったのかな」

額を合わせながら瞳を開いた総司が聞き捨てならない言葉を口にしたものだから、俺は思わず眉間に皺を寄せた

「何だと…?」

「あ、怒らないでよ
違うんだって、僕も少し風邪気味かな〜ってくらいで大丈夫だと思ってたんだよ?本当だってば」

眉を下げた総司が、甘えた声を出す
懐柔されたという訳ではないが、恐らく本当に大丈夫だと思っていたのだろう
俺から見ても顔色が優れないという事も無かった

「多少体温が高い様な気はしていたが…それより、今はどうなんだ?」

「移しちゃったからかな?今はすっかりいいよ」

総司の額に手を当てると、確かに熱っぽさはもう無いようだ

「ならばいい…あんたの風邪は長引くからな…俺ならば一日休めば治るだろう」

布団をかけ直しながら俺は、はたと気付く

「あんた、いつまで此処に居る気だ?」

「居る気だって酷いなぁ…」

総司が眉を下げた
翡翠色の瞳がわざとらしく憂いに濡れる

「またあんたに移しでもしたらどうする」

「大丈夫だって」

そう言って擦り寄ってくる総司を無理矢理布団の外へ押し出した

「いてて…あのさぁ、たまには看病くらい僕にさせてよ?」

不服げに目を細めて、総司は頭を掻く
じっとこちらを見詰め俺の反応を待つというより、総司は俺が折れるのを待っていた

「……何か腹に入れたい」

「お腹空いた?じゃあ勝手場に行ってくるよ…あとは薬も貰ってくるね」

総司が嬉々として立ち上がる

「石田散薬を頼む…」

「それは駄目」

けらけらと笑い部屋を出て行った総司の背中を見送り、俺は布団を深く被った
風邪や食あたりを起こした総司を看病したことはあるが逆の立場になるのは、それこそ珍しい
(…少なからず面白がっているのだろう)
心配をかけているというのも分かっているつもりだが、総司の態度を見ているとどうにもそう思わずにはいられない
だが、ふて腐れた顔をして布団から見上げてくる顔を見ているよりは随分いいとも思う
瞼を閉じると霞みがかった意識は直ぐに眠りへと落ちていく
総司が戻るまでの間、それがどれくらいだったかは分からないが目を開けた時には穏やかな色で笑う翡翠の瞳が見下ろしていた
額には冷えた感覚
視界に被る布切れはおそらく手ぬぐいだろう

「起きられそう?」

「…あぁ」

自分で起き上がろうと思ったのだが、すかさず傍に寄った総司に支えられる形となってしまう
支えられるというより、総司自体が背もたれになるような体勢だ

「二人羽織りみたいだね?僕がお粥、食べさせてあげるよ」

俺越しに粥が乗った盆を引き寄せながらそう言った声はとても楽しげだった

「…それくらいは自分で」

「だーめ、病人はおとなしく言うこと聞いてよ」

咎めるというよりも、子供に言い聞かせるような声色がこそばゆい

「はい、どうぞ?口を開けて」

匙に掬われた粥が口元に寄せられた
観念してそれを口に含み、俺は悟る
恐らく総司は出来立ての熱い粥を運んできた筈だ
口に含んだその粥は、随分と温くなっていた
粥が冷めるまでの間、総司は俺が眠る様子を見ていたのだろう
時折、額の手ぬぐいを桶の水で冷やし替えながら

「どう?」

「…味が分からん」

それは素直な感想だった

「ふぅん…じゃあもっと濃くした方が良かったのかなぁ」

「塩を加減したのか?あんたにしては珍しいな」

思わず振り返ると、総司は僅かにふて腐れた顔をする

「そりゃあまぁ…少しは
仮にも君、病人だしね」

上がる頬の熱は無論、病のせいだけではないのだろう
じわりと胸に広がったのは高揚感とでもいうのだろうか
口内へ残る味こそが総司の気遣いなのだと知らせてくる
愛されるというのは、心地好い一方で何ともこそばゆいものだ

「味付け、し直してこようか?」

「いや…このままでいい」

俺が笑うと、総司は不思議そうな顔をした
それは当然のように、彼の者を巡る感情だったのだろう
また、熱が上がった気がした
一晩で体を巡った病よりも早く、あんたへの想いがこの身を行き来する
俺は何処かで、もう長い付き合いなのだから総司とは穏やかに馴染んだ関係だと思っていたのかもしれぬ
だが、そうではなかったと風邪の体温よりも熱い感情が告げていた
落ち着いた振りをして潜めても、その心に触れれば一瞬で燃え上がるのだ

「あんたに看病されるのも、たまには悪くない」

「そうだよ、僕は君が思ってるよりちゃんと君を心配してあげてるんだからね」

総司はそう言うと俺の身体を強く抱きしめた

「……早く元気になって貰わないと困るよ」

何とも弱々しい声で総司がそう呟くものだから、俺は堪らなくなって唇に微かな笑みを乗せる
肩口に擦り寄る柔らかな髪を撫でながら、厄介なはずの風邪に俺は少しだけ感謝した












多分冬頃書き始めたやつですが。
あー花見しそびれて悔しいのですよ。
桜前線に置いていかれてしまった。


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