ひとひらの命


4月14日 14:28 :沖斎
春の残り香(沖斎)

割とかわいめの一君です








「ねぇ、一君これどう思う?」

店の軒先で足を止めた総司の指差す方向を見遣れば、色とりどりの小さな巾着袋の様なものが並んでいた
紐が付いているのだから根付けの様なものなのかもしれない

「どう、とは?」

「千鶴ちゃんに一つ買っていってあげようかと思って」

総司がそのうちの一つを手に取ると、店の者がそれは桜の香りの匂い袋なのだと説明した

「桜の香りなんて意識したこと無かったけどこんなだったかなぁ?」

総司は匂い袋に顔を近付けて首を傾げる

「あんたも存外雪村のことを気にかけているのだな…」

何気なく俺もその匂い袋へ顔を近付けると、甘い香りが鼻腔を抜けた
ただ甘ったるいだけではない清らかなその香り
だがこれが桜の香りだと確かに断定出来るほど、己の記憶の中に桜が香った瞬間などない様に思えた
梅や金木犀などならば香りで分かるものなのだが
俺も緩く首を捻ると、総司がふと視線を合わせる

「うん、でもいい匂いだよね
どうしようかなぁ」

何故か、香りが一瞬強まった気がした
春の若葉の様な瞳が笑う様に鼓動が高鳴る
(いけない、これは、これでは…)

「一君、どうかした?」

「だ、駄目だこれは…雪村には…あぁ、あそこの店の菓子などどうだ?」

不思議そうに見詰める総司の視線を逸らす為に向かいの菓子屋を指差す

「あっ、あそこのお団子って美味しいよね
僕も食べたいからお団子にしようか」

上手く総司を誘導出来た事に、俺はほっと胸を撫で下ろした
あんな桜の甘い香りを纏わせて、あんな甘い瞳で見詰められては敵わない
煩く響く心音がいたたまれなさを加速させる
(あんなものを贈られてしまったら、雪村も総司に対してこんな感情を抱いてしまうではないか)
それだけは、どうしても阻止せねば
直結した思考の先に、俺は一人唇を噛んだ
桜は人を惑わすなど、誰が言ったかは知れぬ
それでも今、惑われている事実

「一君、早く君もおいでよ?」

菓子屋の暖簾から総司が顔を出した
手招きする総司に、また鼓動が跳ねる
惑わされた心は、花の匂いが消えてもそのままに
結局のところ俺は、あんたの香りに惑わされているのかもしれないそれはもっと、厄介だ
















人並みの嗅覚がないわたしには余計に生花の桜が香った記憶がないのですが桜香料みたいのっていい匂いしますよね〜。
あれは結局なんぞ、っていう。


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